策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「完食です」
「どれ、ミーシャ診せてね」
 院長の声に、ミーシャを軽く保定する。

 この子は、おとなしいから保定の必要はないけれど、点眼で反射反応を起こすから、少し手を添える。

「ミーシャ、おとなしいね、いい子ね」

 風邪を引いているミーシャに、ぶっといシリンジで補液を施すけれど、でんと構えて女の子なのに肝が座って男前。

「ミーシャ、相変わらず悟りを開いた顔だな、すぐ終わるぞ」

 つんと鼻腔を刺激する、アル綿の匂いにも平気な顔で、この子凄いな。

「ミーシャ、笑える。凄い凛々しい顔、カッコいい」
「王様みたいな風格あるよな、王様に会ったことないけど」

 ぶっといシリンジだから、ワクチン注射みたいに、あっという間には終わらず、けっこうじっくりと補液を体内に入れていくのに、凛々しいミーシャに笑っちゃう。

「楽しいか?」
「ミーシャが女の子なのに、男前だから笑っちゃいます」

 院長が私を見つめて微笑んだ。私も院長みたいに笑っているんだね。

「ミーシャ、終わったよ。みんながみんな、ミーシャみたいだったら楽なのに」
「そうですね、ミーシャは優等生ですもんね」

 補液でコブみたいに盛り上がった、首のうしろを軽く揉んで、ミーシャをケージに戻した。

「次は、どの子いきますか?」
「ヘルニアのバロン連れて来て、歩行が見たい」
 シーズーのバロンも穏やかで吠えないから、ぬいぐるみと間違えそう。

 バロンに負担をかけないように抱き上げて、診察台に連れて来た。

 慎重に抱き上げなくちゃいけない子でも、院長は信頼して私に連れて来させる。

 初日に坂さんが教えてくれた通りで、院長は信頼して、とにかくなんでもやらせてくれる。

 バロンの歩行を真剣な目で見ながら、院長が触診をして、また歩かせたりと入念にチェックしている。

「バロン、偉いぞ。ゆっくりでいいから一歩ずつ歩くんだ」

 ふらつくバロンの腰を院長が補助して、励ましながら歩かせている。

「バロン、もうこんなに歩けるのか、凄いな」
 院長って、本当にやる気をくれる褒め上手だよね。バロンも気持ちいいと思う。

「バロン、バロンがんばれ」

 ふらつきながらも目には力が宿り、一心に前を向いて歩いているバロンに、思わず声援を送った。

 整形外科のオペは難しいから、二次診療専門の動物病院に紹介しちゃう一次診療の動物病院が多いのに、院長はオペができちゃうし、予後経過も完璧だから凄い。

 ふだん、くだらないことや冗談ばっかり言ってふざけているのに、さすが選ばれしエリートだけあって腕はたしか。

「花、好きなんだろ?」

 院長の凄さとバロンのことを考えていたから、突然の質問に頭の上に、はてなマークが飛ぶ。

 愛想もなにもない、気の抜けた返事がスローモーションで口から出てきた。

 私が花が好きって、院長も知っているの? 話したっけ。
 卯波先生が話してくれたの?

「気分転換に花を見に行くか?」
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