策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 まだ私にはきついな。
 なにかないかと断る言い訳を、脳が高速回転しながら必死に考える。

「冬だから、そんなに花は咲いてないと思います」
「そっか」

 いつもの元気な院長の声が、少し低めのトーンで寂しそうで、バロンに視線を向けたままだから、申し訳なくて本音を言おうと思った。

「ごめんなさい。花の甘い香りや、花を見るたびに想うことがあるんです。苦しくてつらいから嫌なんです」

 花に囲まれながら『これから、いっしょに同じ景色を見て香りを感じ、それがお互い心地よく思えるなんて幸せだ』って、卯波先生が言ったのが忘れられなくて、私にはつらすぎて無理。

 卯波先生を大好きな気持ちを、まだ想い出なんかに変えられない。
 あああ、自己嫌悪に陥る。

 また、こうして卯波先生が、私の心の中をがんじがらめに支配して、卯波先生への忘れられない想いが込み上げる。

「失恋の特効薬は、なんだかわかるか? よし、バロン、ケージに戻ろう」

 診察台を消毒しながら、院長が次の患畜を連れて来るまで考えた。
 失恋の特効薬ってなんだろう、次の恋。や、無理ムリ。

「次の風邪引きは、スコのミル。しっかりと保定頼むぞ、なかなかの利かん坊だ」
「出たミル」

 来たなミル。気を引き締めて保定をしないと、傷だらけになる。
 この子は、猫袋一歩手前の暴れん坊さん。

「う、唸ってる、ミルったら、もう始まったの?」
 戦闘態勢やる気満々、ゴングは鳴ったって感じか。

「ミル、痛いことはなにもしないだろ? すぐに終わるから。おうおう、立派だ、威嚇してるのか」

「ミル、お利口さんして、わかった、わかった、嫌だよね、すぐ終わるから」

 院長が触診しようにも、私の腕の中で暴れ回り、威嚇するから泣きが入りそう。
 お願いだから落ち着いて。

 下手な保定に申し訳なくて、院長の顔を見ると冷静にミルを観察していて、ひと息吐いて口を開いた。

「猫袋だな」

 院長が猫袋を広げて、私の腕の中からミルを抱き上げ、猫袋に乗せて首のうしろの布を鉗子で挟み、猫袋を閉めた。

「これで、まな板の鯉だ」
 あっという間の早業、院長の華麗な手さばきを夢中で観察した。

「ミル、可愛い、猫ちゃん型のティッシュケースみたい」
 ミルが落ち着いたところで処置再開。
 
「さっきの答えわかるか?」
 ミルの目や鼻を拭いてあげている院長が、聞いてきた。

「失恋の特効薬だよ」
 あ、そうだ、ミルに夢中で、すっかり忘れていた。

「私、恋も初めて、失恋も初めてだからわからないです」
「荒療治だよ」

 ミルのお腹の底から絞り出す唸り声と威嚇が凄くて、院長との会話に集中できない。

 これ猫袋から出したらどうなるの? ケージに戻すときは大丈夫なの?

「俺との会話から逃げてる」
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