策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 思いがけない言葉だったから、すぐには言葉が返せない。

 院長の言葉を、ただ頭の中で反復しているだけ。

 無自覚にミルの威嚇のせいにして、院長との会話をはぐらかしていたみたい。

「ミルは、別猫みたいにいい子さんね」

 院長の言葉が確信をついてくるって察してからは、意識的に知らぬ存ぜぬを決め込み、ミルに意識を集中して声がけをやめない。

「避けてる。卯波との別れとも向き合ってない」
「ミル、あと少しだよ」

「わかったよ。まだまだ哀しみに浸って、つらい苦しいって嘆いて逃げてればいいよ」

 突き放されたようで、急に寂しくなった。いつも院長は気にかけてくれたから。

「動物っていうのはな、今を生きるんだよ。つまり、動物は将来を見ないから絶望もしない」

 院長から、突き放されていなかったんだ。

「その点、人間はどうだ?」
 一生懸命に話してくれる。

「人間は、想像することができる。すなわち、目の前にないものを見ることができる」

 人差し指で、こめかみに触れた院長が数秒間、目を閉じた。

「だからこそ人間は想像して、将来に絶望したり、将来に希望を持ったりすることができる」

 院長が目を開けると、私たちに再び時間が流れ始める。

「緒花が選ぶのは苦しみや哀しみ、そして絶望なのか?」
 お願いだから、そんなに哀しそうな顔で私を見つめないで。

「せっかく、想像することができる人間に生まれてきたんだ。将来に希望を持つほうが、幸せだと思わないか?」

 私は院長に突き放されると思っていた。違う、院長は私を励ましてくれているんだ。

「花を見に行きたくなったら、いつでも声をかけろ、連れて行く」

 今までの院長の熱量が、すっと冷めるように声を押し殺して、穏やかに囁かれた。

 いつも、そばで私を元気づけて支えてくれる院長には感謝しかない。

「ミル、終わったぞ。なあ、ミル。そのあり余る元気を、少しだけ緒花に分けてあげろよ」

 ミルに向ける院長の笑顔が、子供をなだめるように優しくて、知らずしらずに私の頬が緩んだ。

「いい笑顔だな。周りがどれだけ緒花の笑顔に救われてるか、いつもありがとう」

 からかってばかりの院長から褒められると、どう反応していいのか困っちゃう。

 戸惑う心が表情に表れて強張っちゃった。どうしていいか、わからないよ。

「元気すぎるミルのおかげで、いっときでもなにもかも忘れて、夢中になれてよかったな」

 院長の言葉に、同意のしるしで頷く私の頬が、もう一度緩んだ。

 院長の言う通りだったから、思わず苦笑い。院長には敵わないな。

 動物の命を救う私が、動物たちに癒されてつらさや哀しみを取り除いてもらって救われている。

 そして、なによりも自分のことのように心配して励ましてくれる院長にも。
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