策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「美砂妃は、でたらめな嘘を言い放った」
 だろうな。

 あっ、いつの間にか、卯波先生の口癖が感染(うつ)っちゃったみたい。

「桃が俺を忘れられるならと、黙って言わせておいた。それが逆につらくさせていたとは」

「忘れるなんて、そんな軽い気持ちで卯波先生を好きになってなんかいません」

 自分でも驚くほど、語気が強かった気がする。それくらい卯波先生のことが好き。

「美砂妃の言葉で、お互いに、ますます想いを募らせていったんだな、ごめん」 

「二人で苦しんだんですから、謝らないでください」
 頷いた卯波先生は、やっぱり申し訳なさそう。

「今、こうして目の前にいてくれることが現実ですから、過去が帳消しになるくらい幸せです」

「目の前にいる桃が嬉しそうにしてるだけで、その笑顔に照らされて、しみじみと幸せを感じる」

 幸せな笑みを浮かべて、見つめ合う私たちの回りには、まるで花が咲いたよう。

 パッと明るくなって、部屋中に甘い香りが立ち込めそう。

「美砂妃との関係は、美砂妃の気が済むまで徹底的にふられてきた。美砂妃には、悔いはないというほどに」

 リラックスして軽く微笑むから、つられて私の頬も緩む。

「美砂妃の心は、完全に俺から離れた」

 美砂妃さんのプライドを傷つけずに、憎まれ役に徹したんだ。
 嫌われる憎まれ役なんか嫌だったよね。

 離れているあいだ、卯波先生も私みたいにつらい想いをしていたんだ。
 つらかったのは、卯波先生もだったんだ。

「俺のことが眼中になくなった美砂妃は、早速見合いでパートナーを射止めた」
「早いですね」
 嘘みたい、早すぎない?

「俺に対して、愛情と執着を履き違えていた。桃に俺を奪われるのが、嫌なだけだったんだろう」

「それを気づかせてあげて、真実の愛を美砂妃さんに与えられるように導いてあげて、卯波先生って凄い」

「大げさだ、そんな風に考えたこともない」
「私は、卯波先生を過大評価してません」

 少し照れくさそうに伏せ目がちで、口角に笑みを浮かばせている表情は、褒められて困ったみたい。

 しかし、本当に美砂妃さんって変わり身が早い。

 私は、ずっとずっと卯波先生を忘れることなんかできない。
「俺もだ」
「エンパスには(かな)いません」
「だろうな」

 深く頷いた卯波先生が、人差し指を自分の左胸にあてて微笑む。

「美砂妃との話は、これがすべてだ。なにか質問は?」
「美砂妃さんとのことはわかりました。落ち着いてみれば、スクラブ」

 なにがなんだか頭の上では、はてなマークがたくさん飛び交って混乱状態。

「分院は休診日で、ラゴムの大がかりなオペの助っ人に来た」
「頼もしいですね」
 分院の入院患畜は、どなたが看ているのかな。

「アニマーリアの獣医とアニテク(動物看護師)
「またエンパス」
「そうだ、その通り」

 口に出さなくてもいいくらい、私の心はすべて卯波先生にお見通し。

「ダメだ、愛情表現は大切なことだから口に出すんだ」

 訴える真剣な卯波先生の目に熱意がこもっているから、白衣で手遊びするほど恥ずかしい。

「俺に言われなくても、桃は甘い口が止まらないか」

 卯波先生の愛情に包まれて、嬉しくて幸せだし、胸のどきどきが止まらない。
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