策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「戸和先生、私は話し中です。向こうでお待ちください!」
「桃、気持ちいい」

<なんなんだ、奴はMなのか? 追っ払え!>
<背中を押して追い払いました>
<奴に触れるな!>
 ヒートアップした卯波先生を、やっとのことでなだめて電話を切った。

「緒花さん、問診お願いね」
「はい! ただいま!」
 もうそんな時間か。慌てて診察室へと飛び込む。

 で、隣は?
「心配した? ちゃんと隣にいるよ」
「特別心配は」

 隣にいなきゃいないで気にかかる。ちゃんと教えなくちゃだから。
 
 私の手の中から、するりとカルテを抜き取った戸和先生が、おもむろに読み始める。

「見えないです、カルテを下げて」
 戸和先生の腕に手を添えて下げた。

 元気なし食欲なし、吐き気あり、腹部膨満あり、Spay(避妊手術)なし。

「妊娠ですかね」
「妊娠とは言いきれない、病的な状態でこうなる場合もある」
 え、おかしな日本語じゃない。目つきも変わった。

「僕が変わったから驚いた? なめんなよ」
「最後の言葉は汚いから使ったらダメです」
「決め台詞じゃないのか」

 どこで覚えたんだか。なによ、ちゃんと流暢に話せるんじゃないの。

「早く問診してきて」
 両肩に手を置かれ促された。
 せっかち、触らないでよ。
「いってきます」
 
 ルルちゃん、九歳ちょいのヨーキーか。以前の通院より体重が増加している。

 オーナーに話を聞くと、開口一番嬉しそうにつわりがあったと喜ぶ。
 基本的に、犬につわりはない。

「発情したあとに、お腹が大きくなってきたんです」

 若い子だったら妊娠でしょうけれど、高齢だから偽妊娠か、それとも子宮蓄膿症?
 発情のあとって言うし。

 ひと通りの問診を終え、診察室を出て戸和先生に報告して、いっしょに診察室に入った。
 
 オーナーの前でも戸和先生は、まともに落ち着いたテンションだから、ひとまず安心した。

 一言一句聞き逃すまいと、熱心にオーナーの言い分に耳を傾けていた戸和先生が触診を始めても、ルルはおとなしく診てもらっている。

 可能性のある病気をオーナーに伝えた戸和先生は、これからの検査や治療方針を伝えた。
 オーナーの同意のもと、ルルの検査が始まった。

「子宮蓄膿症の可能性が高い。年をとると免疫力が下がって、細菌感染しやすくなる」
「子宮に膿がたまってそうでしたもんね」

「吐き気は、もっともっとオーナーから、詳しく話を引き出してくれると合理的だよ」
 診察前の人懐こい目に変わった。

「前兆もなくいきなり吐くの? 波打ってから吐くの? 動くのは胸? それとも、お腹?」

 咳き込んで吐くこと、人間にもあるよね。
 吐き方で消化器か呼吸器か、だいたいの見当がつく。
 それは、私にもわかる。

 もっともっと細かく情報を仕入れられるかが、私の腕の見せどころってわけか。

「誘導尋問にならないように、桃が僕にくれるのはオーナーの口から出た言葉だけだよ、桃の言葉いらない。OK?」
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