策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「入院管理の説明は坂さんから聞いてるんだよな?」
「はい、なんとなく」

「それは、なんとなく坂さんが説明したのか、緒花がなんとなく聞いてたのかどっちだ?」
「坂さんの説明です」

「坂さんの説明が、なんとなく?」
 首を傾げた怪訝そうな顔が、説明を始める。

「まず、これな。全室にカメラが設置されてて、このボタンで見られる」
 患畜の様子が確認できて、安心ってことか。

「オペは昼休み中にする。その様子をオーナーは、待合室のモニターで見学できる」

 私の返事を確認してから、しなやかな指先でボタンをゆっくり押し、親切につづきを説明してくれる。

「本題の入院管理。このスクリーンは入院室や隔離室、レントゲン室にもあったの見た?」

「見ました。患畜の心拍数や呼吸数、体温が表示されてました」

「偉い、よく見てたな。あとは給餌、排泄、投薬が表示され、申し送り事項がスタッフ一目で共有できる」

 外出先や自宅、いつでもどこからでもチェックできるって。

「入院してる患畜が、どこのケージにいるのかが一目でわかる、ケージナンバーがあれ。その隣から患畜の名前、動物の種類、犬猫の種類、年齢、病名、病歴」

 同じ目線になるように腰を屈め、前方の頭上にあるスクリーンを指さしながら説明してくれる。

「青いマークは、処置が必要なとき。済んだらチェックが入る」
「便利になったなぁ」

「緒花は江戸時代の獣医か」
 屈んだまま吹き出している。

「この体勢で笑わせるな、腰、傷める」
「すみません、教えてくださってありがとうございます」

「覚えたつもりで、きっと覚えてない。その都度(つど)教えるから心配するな」

 話が終わり、歩き出す院長のあとについて行くけれど、長くすらりとした足の歩幅についていけるはずもなく、小走りになる。

 歩きながら、爽やかな黒髪ショートをなびかせ、首だけ少し振り向く。

「ついてきてるな。六月いっぱいまで走り回るから、これは軽いウォーミングアップだ」

 四月から六月が狂犬病ワクチン予防注射で、そうだ五月から六月がフィラリア投薬があるんだ。

 院長が入院室に入ると、誰かに声をかけるのが聞こえた。

「サニー、おはよう、新人の緒花 桃さんだぞ」

 わあ、ラブだ。よく訓練されていて、吠えたり飛びついたりしないで、黙って院長の足もとに寄り添って偉いな。

「サニー、初めまして」
「二歳の女の子。性格は温和でのんびり屋でクール」

「サニー、可愛い名前」
「『若い人』って意味の老人語のサニーじゃなくて、陽気なsunnyのほう。よろしく」
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