策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師

「さ、気持ちを切り替えていこう、箱は俺が持つからいいよ」
　院長が平然としている。

「大丈夫です、持ちます」
「頼もしいな。でも受付に持って行くからいいよ、ありがとう」

　入院患畜の処置をしながら、ずっと成り行きを見守っていた卯波先生が、目の前を通りすぎる院長とアイコンタクトを交わす。

「お疲れ」
「ありがとう」
　淡々とした口調の卯波先生が、平常心の院長の腰を軽くポンと叩いて、入院室から送り出す。　

　院長の気持ちの切り替え早い。私は現実とは思えなくて、信じられない。

　でも院長は現実と理解していて受け止めていて、平然としていられるんだから凄い精神力。

　二人のやり取りを見たあとは、すぐに入院室の世話を始めて、少ししたら院長が入院室に顔を出した。

　受付に行って坂さんに、手続きの指示をしてくるって言ってたから、終わって戻って来たんだ。

「卯波、処置どう？」
「問題ない」
「スタッフステーションにいるから、なんかあったら声かけて」
「了解」

　入院室をあとにする院長の背中が、なんとなく小さく見える。
　きっと、安楽死や避妊の文献を読むんだと思う。

　時間が経てば経つほど、徐々に現実が見えてき始めた。

　子猫たちの生々しい光景と自分のしたことを思い出すと顔が歪む。

　一度見たら、ずっと頭に残る光景だったんだって思い知った。

　重いんだな、今ごろになって精神的にまいってきた。

　もう元気な安楽死は、今回の一度きりで十分。こんな経験はしたくない。

　子猫たちに申し訳ないことをした気持ちが、頭や心を支配して拭い切れない。

　注射を準備したことも、目の前で健康で元気な命を奪ってしまったことも。

　私は生涯、この罪悪感に心を苦しめられつづけることになるんだろう。

　目に焼きついた光景も、頭にこびりついた光景も離れてくれないだろうし、拭っても拭っても消すことができないと思う。

　それほど衝撃が強い出来事だった。

　大好きな動物、しかも元気で可愛いさかりの子猫の命が消えてなくなった。

　目の前で見ているときは、一歩引いて仕事としての目で冷静に見ていた。

　実際は、嘘みたいで現実的じゃなかったのかな。そっちの方が強いかも。

　今は思い出すと喪失感に襲われて、手足がしびれて息が苦しいし、哀しくてやりきれない。

　ぶらりと力なく下ろしていた手に、温かな息がかかる。