策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 卯波先生が無意識に小さな息を吐き、笑いながら、もうひとつの丸椅子を引っ張り、軽くぽんぽんと叩く。

 浅く首を傾けて、座れって合図をしてきた。

「卯波先生のスクラブも首も耳も、私の涙と鼻水でぐしょぐしょです」

 照れくさくて笑ったら鼻声だった。思ったよりも、わんわん泣けちゃったんだ。

「鼻水もか」
 ティッシュケースを渡してくれるしぐさも、さりげない。

「吸わずに、しっかりとかめ」
 保護者みたい。お言葉に甘えて思いきり鼻をかんだ。

「凄い音だ、サニーが驚いた」
 口元を少し緩ませ、サニーと私を交互に見ている。

 男の人の前で鼻をかむなんて、はしたないと思っていたから、今の自分が信じられない。

「サニー。サニーは優しくて本当にいい子だな。サニーが慰めてくれたから緒花くんが落ち着いた、ありがとう」

「サニー優しいね、ありがとう。卯波先生の次に」
「俺が一番なのか」
「違います」
 首を横に振ったら、不思議そうな顔をした。

 初めて見た卯波先生の表情は貴重だよね。

「一番なんて順番なんかつけられません、別格です」
「それは、ありがとう。すっきりしたようで、よかった」
 ちょっぴりだけれど、ほんのちょっぴりだけれど、人間味ある安堵した表情を見せた。

「ありがとうございます」
 今泣いた烏がもう笑うの見本みたいな、私の笑顔は、卯波先生のおかげで戻ってきた。

「少しずつ、心の整理ができる、思いつめるな」
「泣いてすっきり、私は平気です」

「そう言う人種が一番、繊細でナーバスだ。だから泣きたいときに泣かないと、あとから精神的にやられる」

「卯波先生は、なんでもお見通し」

「感情の赴くままに泣ける人種は、すぐに現実を受け入れ、ケロッと立ち直り乗り越えられる」

 泣きすぎて、水の底にいるように頭と耳が、ぼわんとする。
 
「平気な顔をしている人種ほど傷つき、哀しみは誰よりも深い」

 遠い目をした卯波先生には、なにか感じる痛みがあるの?
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