策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「だから、いつも平気だとか気にならないとか、あっけらかんなどと言って笑っている緒花くんを気にかけ、注視して見守っているんだ」

「小言が多いのは、そのためなのか」
 あっ、まずい。つい口が滑っちゃった。

 大きな独り言に、顔の片側を歪ませ蚊の鳴くような声で謝った。

「サニー? サニーに小言は言ったことないよな。サニーのほうが、まだ利口だ」

 顎を撫でられ、ほわんとした笑顔でサニーったら得意気に私を見上げる。

「言われるうちが華だ、言われなくなったらおしまいだ」
「あっ、そうだ、オペ室に行かなくちゃ」
「なぜ?」

「アルの旅立ちの準備をするためです」
「ひとりで大丈夫か、初めてだろう?」
 眉を膨らませて心配そう。

「はい。坂さんといっしょに入って、お手伝いをしたことならあります」

 大丈夫だってば、心配性なんだから。

 返事も聞かずにオペ室に向かう。

 卯波先生の手前、かっこよく出て来ちゃったけれど、実はオペ室は怖い。

 閉院後は、青紫色の殺菌灯だけしか点いてなくて薄暗いから。

 しかも、エアコンの室温を下げてあって薄ら寒いから、シチュエーションは、どうぞ怖がってくださいって感じ。
 
 オペ室の手術台の上に安置してある、箱でできた棺の中でアルが眠っている。

 アルは悪性リンパ腫で痩せ細り衰弱して、意識がないような状態で、二時間前に十二歳で旅立った茶トラの男の子。

「アル、お疲れ様。最期まで、よくがんばったね」
 すでに冷たくなったアルが信じられない。さっきまで温かかったのに。

 体を撫でながら、なにげなく目線を移してアルの顔を見たら、腰が抜けそうなほど驚いた。

 恐怖が、私の喉をがっちりと塞いだから、声が出てくれない。

 オペ室に近づく音がだんだん大きくなり、勢いよくドアが開いた瞬間、入って来た人にむやみやたら力のかぎり抱きついた。
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