策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「がくがく顎が動いた。生きてる、生きてる!」
 切れぎれに叩くように言葉を並べる。

「大丈夫、もう怖くないだろう?」

 聞き覚えがある低い声が、冷静でありながら優しく諭し、大きな手が震える私の頭上に降り注がれる。

「部分的に硬直した体の部位が、収縮を起こし、痙攣(けいれん)のような動きをする」 

「ああ、びっくりした。私の心臓も止まるかと思った、大丈夫ですか?」

 強くしがみついたまま、下からすくい上げるように見たら、視線がぶつかって二人で凝視し合った。

「俺がか?」
 顔半分を歪ませて聞いてきたから、その通りだとばかりに頷いてみせた。

「科学的根拠に基づいた現象だ」
「その意味は? 怖くないってことですか?」

「怖くない」
 唇が少し震えた、笑った?

「殺菌灯は?」
「この薄暗さのことか? なんとも感じない」
「安心しました」
 あああ、よかった。卯波先生が怖かったらかわいそうだもん。

「私は声も上げられなかったのに、どうして気づけたんですか?」
「たまたま通りがかっただけだ」

「どうして一言も言ってないのに、私が怖かったのがわかったんですか?」

「数年にひとりほど、患畜が生きていると騒ぐドジな新人がいるから想定内」

 想定内のドジか、よくも言ってくれたもんね。
 まあ、尋常じゃないパニックを見ればわかるか。

「このライティングにムードがあるのはわかるが、そろそろ離れろ、俺も男だ」

 瞳を凝らして、なにか見透かすような目つきで私の目を覗き込むから、恥ずかしくなって慌てて体を離して二歩ほど後ずさりをした。

「忘れてください」
「それは、さらに印象を強める言葉だ」
「じゃあ、忘れないでください」
「忘れないよ」

 語尾を優しく上げた低く熱い声に、用心深い猫みたいに、また少しずつ後ずさりした。

 震える。そんなことを言われたら、また震えてしまう。

 後ずさりをする私に間合いを詰めて、じりじりと卯波先生が迫ってくる。

 驚きで面食らった私の顔ったら、体どころか表情も固まって、きっとマヌケな顔でぽかんとしたままなんでしょ。

 辛うじて動く瞳は、じっと卯波先生の瞳一点に釘付けになって、ごくりと息を飲み込む。

 嘘でしょ、卯波先生が息がかかりそうな距離まで顔を近づけてきた。
 やだやだ、無理だから!

 ただでさえ、アルで心臓が止まるかと思ったのに、今は爆発しそうなの。

 どきどきが止まらない、ストップ。
 
 これ以上近づいたらダメ、ストップ!

 あああ、すぐそこに卯波先生の顔が。

 鼻先がくっつきそうなのに、魂を抜かれたみたいに動くことができない。

 私に、とどめの一発が撃ち込まれた。
「もう一度言う、忘れないよ」

 腰が抜けそうな甘い声に、ふだんは『忘れないよ』なんて、優しい言い方をしないのに、卯波先生ったら、いったいどうしちゃったっていうの?

 私の理性が飛んじゃいそう。
 
 お願い。熱い眼差しで、じっと見つめないで。

 卯波先生の言葉が、頭の中をぐるんぐるん回る。
『忘れないよ』って。
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