策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 息を吸い込んで、必死に言葉を探したけれど、なかなか出てこない。
 院長のじゃダメなの?

「まず最初に洗濯機を回せ。とにかく今、先に回してこい」

 頭が迷う間もなく、体が勝手に回れ右をして走り出して、考える暇もなく洗濯機を回して卯波先生のもとに戻った。

「処置中で空いている、ケージ内の掃除や食器を下げるのは、それからだ」

 戻って来たと思ったら、取りつく島もないほど事務的な声で話のつづきが始まり、私の返事は深く頷くことしかできなかった。

 怖いことは言われていないし、声も怖くないのに、なにか寄せつけないバリアがあるみたい。

「なにか質問は?」
 そう質問するのが決まりだから、いちおう質問しているって感じの、事務的な響き。

 マスクで表情が見えないから、なにを考えているのかが読めない。

「今のところ、特にはないです」
 や、や、や、や、違う。それ一番言ったらいけないパターンだ。どうしよう、まずい。

 なにか言わなきゃなのに、言うべき言葉が、なにひとつ思いつかない。

「洗濯機を最初に回す理由は、気にならないのか」
 独り言かな、呟いたみたい。答えなくていいんだよね。

「気にしろ、そうしたほうが合理的だからだ。時間を無駄にするな」
 怖っ。洗濯機くらいで、こんなに細かいことを言う?

「先に回しておけば、患畜の世話が終わるころには洗濯が終わっている」
 そこまで説明してくれて、いちおう気を遣ってくれたんだ。

「着手する前に、自分で考えないとダメだ。無駄なく効率よく仕事を進めろ」
 たかが洗濯機、されど洗濯機か。

 考えてみれば、外来診察が始まったら干している時間なんかない。

「合理的なら、救急や容体急変などの想定外の事態にも備え、早急に仕事ができる」
 無駄を省けってことか。肝に銘じておかないと。

「指示を受けたら自分で考え、理由づけし、自発的に動けば納得感をもつだろう?」
「理由づけって、なんですか?」

「わからないことを、こうして正直に聞いてもらうと助かる」
 さっき坂さんも言っていた。

「理由づけとは、なぜこれをする必要があるのか。自分がこれをするのは、なんのためかだ」
 噛み含めるように教えてくれる。質問してよかった。

「それを、明確に自分自身で理解すると、初めて行動に自信をもち、納得感を得ることができる」

 あああ、そうか。頭の上に電球が点灯したようにひらめいた。
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