策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「今日はここまでだ」
「今日は?」
「がっかりか?」
 そっと私を抱く顔が、ちょっぴり微笑んだ。なにをするの?

「怯えた顔をして。初めてで、なにもかもが怖いのか?」

 微笑みが消えた卯波先生の真顔は、切ないって。私でも表情が読める。

「生まれたての子猫のように不安げだから、桃には冗談さえ言えないな」

 私を抱き締めたまま、ソファーからカーペットにゆっくりと腰を下ろし、持て余す長い足と足のあいだに私を座らせた。

「うしろから抱き締められるって、こんなにも安心するんですね」

 大切な宝物を扱うように、全身で包み込んでくれる大きな手を、両手で握り締める。

「桃が怖がることはしない、これなら怖くはないだろう?」

 私の「安心する」って言葉に、卯波先生が安堵したみたい。

「卯波先生を離したくない」
 両親やお兄ちゃんには、感じられないほどの強いエネルギーが、私を安堵させて癒してくれる。

「怖がるどころか、今度は離したくないのか。桃の情動回路は複雑だ」

 甘くて優しい囁きが、羽毛みたいに心地よくて体が反応して、くすぐったくて肩が上がっちゃう。

「まだ子どもだから、そのうち気持ちがよくなる」
「おとなです、まだくすぐったいけど」

 ふんと鼻を鳴らすから、耳もとがふわりと温かくなった。

「笑いましたね、顔見たかった」
「笑った顔をか?」
「たまにしか見たことないし、笑い声はモアのときだけです」

「感情や言動に、あまり起伏や抑揚がないからな」
「あまりですって? ほとんどですよ」

「宝城や桃が多様なんだ、表情はコロコロ変わるし、よく喋る。口が疲れないのか?」

「疲れませんよ。どうにか卯波先生を笑わせようと、毎日考えてます」 

 私は毎日、卯波先生のことを考えているの。気づかなかったの?

「そんなことを考えているのか、俺だって笑っている」

「口開けて笑わない」
「そんなことはない。はずだ。どうした、急に振り返って」

「卯波先生、大好き」
 顔中に、小鳥がついばむようなキスを降り注ぐ。

「だろうな」
「もううう」
 まだ顔中にする、小鳥みたいなキスは止めないからね。

「おもしろくはない」
「これは?」
 仔犬のような、甘噛みのキスを顔中に降り注ぐ。

「これも、おもしろくはない」
 なんだ、がっかり。笑い声を上げるかと思ったのに。

「おもしろくなかったですか?」
「こっちを向け」
 私の体を、優しく卯波先生のほうに向けるから、恥ずかしいんですが。

「抱っこ......ですか?」
「困った顔もいとおしい。ほかの男の前では、その顔をするな」
「どうして?」

「なんて恐ろしい。無意識な無自覚が男を刺激する」
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