策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 言われたまま、ただ動いていたらダメなのね。

「わかりました、洗濯機の理由づけの意味。自分で理解して納得しました、ありがとうございます」

「小さく細かいことかもしれない。俺たちは一分一秒、一刻を争い、時間との勝負の中で仕事をしている」

 のどかで穏やかな室内からは想像がつかない。これから、私は一刻を争うような体験をするんだ。

「一秒でも無駄にすることはできない。その一秒で救ってあげられる命がある。だから煙たがられようと、細かい指示を出す」

 洗濯機の回す順番くらいって、簡単に考えていたことが、恥ずかしいし申し訳なく思う。

「新人に対して、無理難題な指示をしないように意識はしているが、もしわからなければ言ってくれ」
 
「まだ右も左もわからないですが、どうかよろしくお願いします」
 私の言葉に、静かに首をくいって振るから、振り返ったらケージのある方向。

 早く行って患畜の世話をしろと、無言で言ったんだ。

 卯波先生のほうに向き直ったら、すでに優雅な所作で立ち去って、入院室を出て行っちゃったから、世話を始めた。

 最初に釘を刺してもらえてよかった。簡単に考えていた自分が恐ろしい。
 
 なにか、すっきりした気分。

 卯波先生と交互に戻って来た院長が、一時預かりの患畜の処置をしたと思ったら、入院室から外来の方に視線を馳せる。

「坂さんが問診してるから、外来に行って来る」
「いってらっしゃいませ」
 誰も彼もが、休む間もなく走り回って忙しいんだ。

 さっき出て行ったと思ったら、院長と入れ違いで、もう卯波先生が戻って来ていて、患畜の処置の真っ最中。

 院長も卯波先生も、忍法分身の術でも使っているんじゃないのってくらい神出鬼没。

「お疲れ様です」
「お疲れ」
 卯波先生の声は抑揚のない声だし、笑うでもなく。

 でも、目は合わせてくれるからいいか。変な空気の重さはなく、不思議と居心地はいい。

「宝城は?」
「坂さんのところです、外来です、診察です」
「わかった、そこまで気を遣うな」

 そのあと診察台を消毒していたら、卯波先生に声をかけられた。

「どうした?」
「今、外来診察中の黒白猫の矢川ミミちゃんが、一時預かりになると思いますので」

 とにかく、いつ来てもいいように消毒しているから、卯波先生の返事は聞こえなかった。

 入院室のドアが開き、院長がキャリーバッグを持って入って来た。

「緒花、保定して。外来が途切れたから処置しちゃおう」

 院長が話しながら、ミミを診察台に抱き上げる。ほら来た、なんとなく予感がしたんだ。

 誇らしげに卯波先生を見たら、珍しくちらりと顔を上げた。

 グッジョブって顔してくれたら嬉しいのにな。
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