策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「ああ、おなじ想いだ」
 声が出ない変わりに、喉が大きく鳴って、息が止まるかと思った。

「あれ、無意識に声に出してたかな」
 よし、試しに。お願い、手をつないで。

「試すな、今はダメだ」
 今度は、絶対に声に出していなかった。

「どうしてわかるんですか?」
 上体が固まり、息がつけないほど驚いた。

「止まるな、歩け」
 抑揚のない棒読みで、速度を下げずにどんどん行っちゃう勢い。

 置いて行かれちゃう。卯波先生、優しいから置いて行かないのはわかっているの。

 端から見れば、ただ並んで歩いている、なんてことない、珍しくないもない光景でしょ。

 でも、私にとっては、極上の幸せの絶頂なの。

「桃に知ってほしいから、改めて話す」
「桃!」
 興奮したオウムのような声を上げてしまった。

「名前、合っているよな?」
 顔の片側を歪ませて、私を伏せ目で見てくる。

「はい。ちゃんと覚えててくれて、二人きりのときは呼んでくれたから、嬉しかったんです」

 覚えていてくれたんだ、今は卯波先生から自然に桃って呼んでくれた。

「てっきり名前を間違えたかと。いちいち、リアクションが派手で宝城みたいだ」

「出た、院長大好き卯波先生」
 遠くを見つめながら、なにか考えているみたい。

「さっきも呼んだ」
 桃って呼んだことを思い返していたのね。

「あれは、私が呼ばせましたから、カウントに入りません」
「呼ばせた自覚はあるんだな」

 大好きな卯波先生からだから、顔に口いっぱいの笑顔が広がる。

「ラゴムが見えてきました、見晴らしがいいこと」
「そう認識している道で、何度も迷子になるとは」
 信じがたいと言いたげな呟き。

「今日も張りきっていきましょう、ラゴムまで急げ」
 卯波先生の右腕に両腕を絡めて、走り出した。

「転ぶなよ」
「大丈夫です」
「手を絡めるな、離せ。今はダメだって言っただろう」

 子どもをなだめるような口調で諭してきたけれど、そう言いながらもね。思わず吹き出しちゃいそう。

 ラゴムに到着するまで、ずっと両腕を絡ませていても怒らないんだもん。

 卯波先生だって、心の底から嬉しくて仕方がないんでしょ。
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