策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
 白衣に着替えて、待合室の掃除をしていたら、目に鮮やかなブルーのスクラブを着た院長が、爽やかな笑顔でやって来た。

「おはようございます」
「おはよう、六月いっぱい乗り切ったな、よくがんばった」

「ありがとうございます、院長と卯波先生と坂さんのおかげです」

「大忙しで、ゆっくりじっくり教えてあげられなかったのに、よくついてきた」

「とんでもない。たくさん教えていただきました、感謝します。ついていくのは、今でも必死ですが」

「もう落ち着くからな」

 伸びた背筋が優雅に背中を回しながら、ゆっくりターンをするときの風までもが、上品さを漂わせるためのアイテムのよう。

 ところで、坂さんは女の勘とか表情で、お見通しだったってことないかな。

 ただでさえ話せない動物相手の仕事だから、勘は鋭そう。

「おはよう」
「わっ、びっくりした、おはようございます」
 ちょうど考えていたら、なんてタイミング。

 背後から聞こえた坂さんの声に、耳もとで風船を割られたみたいに飛び上がりそう。

 動揺を隠しつつ会釈をした。

 でも、初めてお辞儀というものを知った人みたいに、ぎこちないお辞儀だったと思う。

 いつもは会釈で、お辞儀はしないし、端から見たらおかしいよね。

「ふだん通りに挨拶したのに、驚くなんておかしい、なにかあった?」

「いいえ、特別変わりなく、昨日までとおなじ朝ですよ」
「そうかな」

 なかなか、そばを離れない。まるで自白を促すベテラン刑事さながらに、にじり寄ってくる。

「掃除します」
 じりじりと追い詰められて、プレッシャーに負けた。

「わかりやすく表に出るから、見ていて飽きないわ」
 頬も口角も、ぐんと上げてきらきらした瞳で、笑いながら歩いて行っちゃった。

 足音でわかる、卯波先生が来た。

 私は犬か。

「シャツに焼きもちを妬くように、まさかこのスクラブにも焼きもちを?」

 血管が浮き出る、筋立った逞しい右手の二の腕で、卯波先生が左袖を引っ張る。

 やめて、そんな見せないで。まともに顔を見られない。
 昨日のことが頭から離れず、どきどきしているの。

「昨夜の光景が頭から離れず、気持ちよさを覚え、俺から注がれた強烈な愛情が忘れられないのか」

 また、そうして心を読む。顔から火が出ちゃう。

「昨夜のことは、まったく思い出さない」
 血の気が引くほど、素っ気なくクールなひとことに頭が混乱する。
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