策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「桃といっしょで、心も体も敏感に反応していて忘れられない。だから、思い出すことはない」

 体の力が、風船のように一気に抜けそうだし、嬉しくて泣き出しそう。

 思わず両手で顔を覆うと、卯波先生の控えめな笑い声が漏れ聞こえてくる。

 深呼吸して、気持ちを入れ替えて。

 自分に、そう言い聞かせる。

 また見つめ合ったりしたら、われを忘れて大きな卯波先生の腕の中に飛び込んでしまう。

 燃え上がる情熱が、体の芯に火をつけそうで、自分で自分が怖いの。

 抑えきれない心、もうとっくに読まれているよね、落ち着かないと。

「桃のクールダウン待ち」
 澄ました顔で、余裕な卯波先生を前にすると、よけいに熱くなっちゃう。

「もう、どうしてわかるの?」
 ふにゃふにゃな独り言が、口をついて出てくる。

「今がベストタイミングだ、おいで桃 」
「なんのタイミングですか?」

 相変わらず堂々と颯々と歩くうしろを、わけもわからずついて行く。

 スタッフステーションで話している院長と坂さんが、ふと顔を上げた。

「話がある」
 いつものクールな口調の卯波先生、いったいなんの話をするのかな。

「どうした、改まった顔して」

 真顔の卯波先生の表情が、おかしいらしくて、院長が今にも笑い出しそうに、小さな息を交えながら口を開いた。

「宝城、坂さん、付き合っている」
 突然なにを言い出すの?

 驚いて隣を見上げれば、平然と顔色ひとつ変えず、麗しき横顔は交互に二人に視線を投げかけている。

「唐突に、どうした?」
 笑い声が交じり頬が緩む院長と、ぽかんとした顔の坂さんが顔を見合せ、同時に疑問を口にした。

「誰と誰が?」

 特に合図をするでもなく、卯波先生が私をちらりと見下ろし、私は卯波先生を仰ぎ見た。
 
 そのまま二人で同時に、院長と坂さんに視線を移した。

 涼しげな目元が、太陽のように大きく見開いた坂さんが聞いてきた。

「卯波先生と緒花さんが?」
 私たちは、シンクロして深く大きく頷く。

「息ぴったり」
 坂さん、変なところで感心するんだから。

「いつからですか?」
 さすが。いつの世も、これ系の話は、女性のほうが食いつきがいい。

「昨日です」
「昨日、卯波先生、昨日?」

 坂さんが自問自答して、昨日は急とばかりに驚いて、次に穴が開くほど卯波先生の顔を見上げている。

「緒花さんの返事、早くないですか?」
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