策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「桃の心が」
 そう言い、人差し指を自分のこめかみ、そして左胸にあてた。

「ドライブは趣味ではないから、たいしたことはない。自然の中を散策しよう」
「とっても嬉しい、楽しみです」

「嬉しさを隠さず、顔いっぱいが口のように楽しそうに笑う、桃のその笑顔が好きだ」

 一本調子な、つっけんどんな言い方でも、卯波先生らしい愛情がひしひしと伝わる。

 その後も他愛ない話を頷きながら、また延々と聞いてくれるから、夢中で話していたら、もうマンションに到着。

 楽しい時間は過ぎるのが、あっという間。

 俯いて足もとを見つめていたら「本当に、この辺りは人気がないな」って、辺りを見回す独り言が、頭上から降り注がれた。

 卯波先生といっしょにいたあとの、ひとりは嫌い。

「ほら、おいで」
 すらりと長く逞しい腕が、瞬きする間も与えず、私を胸に抱き寄せる。

「寂しくないおまじないだ」
 そう囁き、魔法のくちづけを降り注いでくれた。

 なんとか私が寂しくならないようにしてくれる優しさに甘えるように、回した手で背中をぎゅっと抱き締めた。

 震えてしまう、震えるほど卯波先生のことが大好き。

「おかわり」
 熱くなった体は、どうすることもできなくて、潤む瞳で仰ぎ見る。

「食いしん坊のサニーでさえ、おかわりなんか催促しないのに」
 抱き締める腕の強さが強くなり、そっと顔が近づいてくる。

 真っ白で、きれいな歯並びのあいだから、わずかに舌を見せ、唇にキスを降り注いできた。

「この子は食いしん坊で、俺を困らせる」
 吐息と吐く言葉が、唇に熱くかかるから、くすぐったい。

「困らせるために出逢いました、こんな困らせ方なら大歓迎ですよね?」

「お調子者」
 あたたかな空気が、しばらく私たちを包み込んだ。
 
「どうした?」
「寂しいなって」
「こうしているのに?」

 優しく抱き寄せていてくれた腕に、少しだけ力が入って、卯波先生の鼓動が聞こえてきた。

「この魔法は明日、卯波先生に逢うまで解けないから、もう寂しくない」
「だろうな」

 大きな手が優しく撫でる。ありがとう、寂しくない。

「今夜は、卯波先生の夢は見ません」
「なぜ?」
 ちょっぴり寂しそうな表情に見えるのは、気のせいかな。

「なぜ?」
「だって卯波先生のことを考えてたら、どきどきして、決して眠れなくなるから」

 卯波先生の顔が、安堵の表情に変わった。やっぱり寂しかったのかな。

「相変わらず甘い口だ」
「おやすみなさい」
「おやすみ、しっかりと寝るんだ、寝坊するな」
 ぴくりと口角を上げちゃって、嬉しいんだ。

 心配性が早く入れと、そっと触れる腰を促してくる。

 えええ、もうなの、しょぼんって顔で訴えたら、卯波先生が首をくいっと玄関に向けて振った。

 出た、無言で“早く行け”の合図。行きますよ、ええ、行きますとも。

「寂しくないおまじないには、速効性と持続性がある」って、自信満々に言った卯波先生の真顔を信じれば、明日なんかすぐですとも。

 明日が楽しみで仕方なくて、うさぎが跳ねるように飛び上がって、満面の笑みで見送れば、ハエを追い払うようにダメダメというしぐさ。

 同時に卯波先生の口が動いた。
 入れ、早く入れ。

 わかりました、入ります。これ以上、心配性に心配させたら。

 というか、照れているんでしょ、ずっと見送られることに。
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