策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「私は卯波先生を信じます」

 安堵の表情を浮かべた卯波先生が、口に出す言葉で自分の考えを確認するように、ゆっくりと話し始める。

「俺はエンパス体質なんだ」
 なにそれ、初めて聞く単語。

「エンパス?」
 生まれてから、一度も聞いたことがない単語だから、なんの想像もつかない。

 いったい、どんな体質なの?

「人の感情や体調がわかり、人に対して強く高く共感する能力がある」

「それがエンパスっていうんですか?」
「ああ、そうだ」

「私の心の中や行動がわかるのは、エンパスだからですか?」

「自分の感情に敏感だから、他人の感じることや内面でなにが起きているのかも、よく理解できる」

 だから哀しみやつらさや苦しみに、いつもすぐに気づいてくれたり、欲しい言葉をくれたり受け止めてくれたりしたの?

「相手の感情を雰囲気やしぐさ、声や目つきや気配などで察知する」

「たったそれだけの情報で、どうしてあそこまでわかるんですか?」

 初めて聞くエンパスと、その能力を持つ卯波先生が興味深くて、つい質問攻めにしてしまう。

「心理学的な説明がつかない能力だし、分析がどうのこうのなんて理屈ではない。相手の感情に触れることができるから」

 理屈じゃなくて、説明もつかないなんてことが、本当にあるんだ。

 理系で、科学的根拠があることのみを信じていそうな卯波先生だから、エンパス体質を受け入れるまでに相当悩んだでしょう。

「私の想いを察して共感できるのは、感情に触れることができる能力があるからなんですか?」

 遠くの木々を眺める卯波先生が、こくりと頷いた。

「それに、注意力に長けて直感が鋭いから、たとえ相手が正反対の感情を演じていたとしても、相手の本心がわかる」

 なにかを思い出したように、少し口角を上げた。微笑んだの?

「表面では元気だ平気だと言っても、本当は落ち込んでいる人がいると、すぐにわかる。誰かさんの言った嘘もすぐにわかった」

 もしかしたら、子猫たちの安楽死のとき......

「当たり」 
 心を静かにノックするように、穏やかな声がした。

 ゆっくりと顔を上げたら、卯波先生が自分のこめかみに、そして左胸に人差し指をあてた。
 いつもしているジェスチャー。

 卯波先生が感じたときの合図だったんだね。
 
「あのとき、桃は気丈に振る舞っていたな」

 難なく気持ちを見破ったんだって、必死に元気に見せていたんだけれどね。

 まだ、あるらしくて卯波先生の唇が、ゆっくりと動いた。
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