策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「第六感も優れている。誰かが危機的状況に陥りそうになる前に、それを察することができる」

「え?」
「信じられないよな、気配で感情がわかる」
 これは、まだ体験していない。

「体調もだ。その人の表情や振る舞いを見なくても、痛む箇所がわかる」

 そんなことまで感じるの? びっくりして黙っていたら、気にかかるみたい。
 ちらりと横顔を向けてくる。

「相手の体に起こっていることを察知する。そこから、なにをすればいいかを直感で感じる」

 どこでどう、なにがどう感じるの?

「チワワのメイのときだ」
「私は噛まれました、察知したんですか?」
「ああ」
 
「あのとき卯波先生は、私がメイに噛まれたことを知らなかったから、湿布をくれたとき不思議でした」

「あのとき、とっさに動いてしまったから、ごまかすのが大変かと思ったが無用だった」

 いつも冷静沈着な卯波先生が、ごまかそうとするなんて、信じてもらえないって不安だったのかな。

「桃は単純だから、俺の言葉を疑うことなく信用した」

「単純で悪かったですね。卯波先生はクールで無表情ですし、あとは、えっと」

「もう思いつかないか、俺の悪いところ」
 大好きなことなら無限に思いつくのに。

「体調が悪いのもわかる、その人が自覚していなくてもだ」
「お医者さんみたい」

「それに最も近い仕事をしております」
「ん?」
 卯波先生でも冗談を言うんだ?

「体調面は、人の体に起きていることを外から感じ取れる」
 どんな感覚なんだろう。

「四月にラゴムに入り、すぐに狂犬病ワクチン注射やフィラリア投薬で、桃にとって毎日が多忙な日々だっただろう」

 くたくた、へとへとになったけれど、疲れが限界まできているなんて自覚がなかった。

「卯波先生、『みんなの目は誤魔化せても、俺の目は誤魔化せない』って、そっと錠剤をくれましたよね」

 ちょっぴり照れくさそう。

「あのとき、感じ取ってくれてたんですね、ありがとうございます」
 卯波先生が、返事のしるしに浅く頷いた。

「サニーのときのクッキーもだ」
「クッキーもだったんですか?」
 お腹がぺこぺこで、ふらふらだった。あれも体に起こった変化ってことになるのかな。

「その通りだ」
 また心を読まれた、これがエンパスってやつね。

「サニーのときは、危機的状況と体に起こった変化、両方を感じた」

「ひとつだけじゃないんですか?」
「複数、感じる」

「コンビニに支払いに来たって言いましたよね?」
「どちらでもいい」

 コンビニに支払いなんて言って、本当は心配で駆けつけたんだ。

 そわそわして、いても立ってもいられなかったとかって言っていたのは、このことだったのか。

「黙り込んで、さては眠くなったか」
 どのくらいか、わからない。けっこう長い時間おとなしかったみたい。

「冗談だ。今、桃が考え込んでいたことは正解だ」

「アルのことですか?」
「そう、それだ」
 何気なくアルのときのことを、思い返していた。
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