策略家がメロメロ甘々にしたのは強引クールなイケメン獣医師
「たとえ、オフにコントロールできたとしても、憎しみや残酷さやネガティブさは疲れさせ、体調を崩させる」

 まずい、話してくれたことが重荷だったのかな、心が触れて感じてしまったのかな。

 みるみる間に、卯波先生の顔色が悪くなった。

「桃といるんだ、ネガティブなものなんか、なにもない。顔色が悪く見えるのは、気のせいだ」
 そっか、心を読まれるんだったっけ。

「これからは、ずっと私がそばにいますから大丈夫です」
「頼もしいパートナーだ」

 風に吹かれる葉音に消されるような、小さな咳払いをひとつした卯波先生が口を開く。

「物心がついたときには感じていた」
 能力は生まれつきなのかな。

「周りのみんなも、察知して感じているものだと思っていた」
 子どもだもんね、そう思っちゃうよ。

「自分が感じた相手の心を、素直に正直に話していたことが原因で、幼少期にデリケートな体験をした」
 いじめられちゃったのかな。

 子どもだから、本音と建前がわからないもんね。触れた相手の心の中を、そのまま口に出しちゃっていたのかも。

 思ったことを言い当てられて、恥ずかしかった子もいたかもしれないし。
 それはそれで、相手の子も傷ついてしまったってことだよね。

 卯波先生だって、相手の子を傷つけてしまったと思い悩んでしまったかもしれないし。
 悪気はないのに。

 さらに、いじめられていたとしたら、つらかったよね。

「思い出させてしまってすみません」
「構わない、子どものころの話だ」

 その体験から、自分自身のことや思っていることは、ほとんど積極的には語らなくなったそう。

 口数が少なく感傷に溺れないのは、卯波先生なりの自己防衛本能なのかもしれない。

 クールで近寄りがたく、人を寄せつけない裏には、幼いころのつらい体験があったんだ。

 お互いに、ぶらぶら歩いていたけれど、心のままに卯波先生の手に手を重ねて歩いた。

 いつも守ってくれる卯波先生を、私も守りたいと思った。
 弱い自分を、さらけ出してくれた卯波先生を。

 温かく大きな手が、前を向いて涼しい顔で歩きながら握り返してくる。

「義理や建前ではなく、もっとも大切にしているのは真実(・・)だ。寡黙な俺が語るときは、常に真剣だ」

 ふだん口数が少ないから、たったひとことにも重みがある。

 その誠実さは、前から感じているし、私を安心させる。

「そしてあまり話さない分、人の話には十分に耳を傾ける」

 卯波先生の聞き上手は、最初のころ坂さんも言ってたし、オーナーたちからも評判がいい。

「話さなくても逢っただけで、桃の感情や体調を感じ取る」
「出逢ったころから?」
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