迷彩服の恋人 【完全版】
「あっ、そうだったんですか。それで車内でお電話してた時も言葉を(にご)されてたんですね。」

「そうですね。……そういえば。そちらこそ、私と会う前にどこかへ向かわれている途中だったのではありませんか?…今さらですけど、ご用事は大丈夫だったんですか?」

「あぁ。それなら…問題ありません。寮に戻るだけですから。」

今どき、寮生活なんて珍しい。学生には見えないけど…。

「寮生活なんですね。…そうだ、先ほどからタイミングを逃して名乗っていませんでした。私、望月 都(もちづき みやこ)と申します。」

「あっ、これは大変失礼しました。僕は――。」

名乗り出そうしたタイミングで、〝彼〟のスマホが震える。
うーん、何とも間の悪い…。

ヴー、ヴー、ヴー…

「…ん?あっ!上司からの連絡なので出ないと。少し席を外しますね。」

「あっ、はい――。」

私は反射的に返事したものの、〝彼〟はもうすでに外に出ていた。

今日…日曜日よね?休日に上司から電話?
それに寮生活って言うし…何をやってる人なんだろう?

でも…。ちょっと慌ててたし、緊急の連絡かもしれない。
なんとなく、役所に勤務している父のことが浮かんでくる。

――大したことじゃないと良いな。

そんなことを考えてたら、戻ってきた〝彼〟が私に早口でこう言う。

「すみません、望月さん。ちょっと寮内で当番を代わってほしいという人間がいまして…。すぐに帰らないといけなくなりました。」

「そうなのですね。私はもう落ち着いていますし、大丈夫ですから。どうぞお戻りになって下さい。」

「ご家族が到着するまで一緒にいると言っておきながら、本当に申し訳ありません。ご家族によろしくお伝え下さい。そして早く回復されますように。…では、失礼します。」

こうして〝彼〟は、なぜか礼儀正しく【深いお辞儀】をして…帰っていった。

――あっ! 名前聞きそびれちゃった…。

でも、きっと〝偶然出会っただけの人〟…。
そんなに気にしなくてもいいのかもしれない。

でも、だからこそなのか〝彼〟のことが少し気になる――。

物思いに()けていると、迎えが来た。

「姉ちゃん!」

「朝也、こっち。」

「大丈夫?姉ちゃん。診断は?何だった?」

「もう。あんたって子は!何してるのよ!それで?あんたを〝助けてくれた人〟は?」

「お母さん、声が大きいってば。病院なんだからボリューム下げてよ。捻挫って診断だったよ、朝也。…〝助けてくれた人〟は帰られたよ、急用で。」

「〝その人〟の名前とか連絡先は聞いたの?」

やめて、その嫌な感じの言い方。
なんで語尾強くなるの。

「名前、聞きそびれた…。」

「は?もう、ほんとに!あんたって子は…!気が利かないんだから!お礼しなきゃ失礼でしょう!」

〝空気の読めないお母さん〟に言われたくないよ。
私だって、聞こうと思っていたし…。

娘の足の状態は聞かないくせに、世間体は気にするんだね…。

もう、ほんとに…"イイ顔"はしたがるんだから!
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