迷彩服の恋人 【完全版】
自衛隊では、30歳以下で独身の〈3等陸曹(りくそう)〉と〈陸士(りくし)〉という階級の者は原則として、ここに住むよう義務付けられている。その代わりに、"衣・食・住"はほぼ無賃で保証されている。
そんな環境で生活している者を〝営内者(えいないしゃ)〟と呼ぶ。

それに対し、既婚者や〈2等陸曹(りくそう)〉以上の階級の独身者、幹部自衛官は駐屯地外に住める。
そんな駐屯地の外に、物件を用意して生活していたり…"自衛隊の社宅"とも言われる【官舎】で生活している者を〝営外者(えいがいしゃ)〟と呼んでいる。


――ガチャ。

「ただいま…って、この【猛烈な台風】はいつ来たんだ?“中崎(なかざき)1士”、“加納(かのう)1士”。」

「あっ、おかえりなさい。土岐士長、もう助けて下さい。ついさっき、“須田曹長”が『桜木と松本の部屋が汚かったから抜き打ちだ!』って荒らしてったんです…。俺たち完全に"とばっちり"ですよ!」

やっぱりな…。

整理整頓ができていない隊員に対して、わざと上官が部屋を荒らしていくことがあり、それを隊員たちは【台風】と呼んでいる。

整理整頓をさせ、その大切さや集団生活の規律心を養うのが狙いだ。
自衛隊では…任務遂行時、装備品などの物品に対して『収納場所が違う』、『紛失する』、『忘れる』といったことがあってはならないため…日頃から整理整頓は徹底させられる。

ちなみに、この【台風】の対象は(おおむ)"新教(しんきょう)"…新隊員教育中の隊員が(おも)だが、中隊配属後の隊員にも起こらないことではない。

今日は、“須田曹長”の機嫌がとてつもなく悪いのだと…俺はこの時悟った。

そして、被害は甚大(じんだい)だ。
ロッカーの中身はぶちまけられているし、俺と部屋長の“志貴(しき)3曹”の2段ベッドが無くなっている。

これ…絶対パーツ分解して、営庭(えいてい)に放り投げただろ。ちなみに、営庭とはいわゆるグラウンドのことだ。

これから暇なら、“志貴先輩”が帰ってくるまでに終わらせられるんだがな…。
当直業務があるから、そういうわけにもいかない。

すみません、先輩。あとは頼みます。

「悪い。中崎、加納。今から“森下1曹”と当直代わるんだ。だから手伝えない。あと20分ぐらいしたら“志貴3曹”も帰ってくるはずだし、状況は伝えとくから……あと頼む。これぐらいなら1900(ヒトキュウマルマル)には終わると思うが、整理整頓してて飯食いっぱぐれたら言いに来い。(おご)るから。」

食堂は(おおむ)2000(ニマルマルマル)まではやっているが…それ以降は入浴の時間へと移行していくため、自身で調達するか…上官から配られるものを食うかどちらかだ。

「晩飯食いに行ったら、ダメですよね…?」

「1年以上営内(ここ)にいて何言ってんだ、先に飯食いに行ったらもっとドヤされるぞ。」

俺がそう言うと2人とも諦めがついたようで、整理整頓を再開させる。

"悪いな、手伝ってやれなくて…。"と同室の後輩をかわいそうに思いながら事務所へ向かいつつ、先輩の“志貴(しき)隼人(はやと)さん”にメッセージをした。

――――――――――――
[志貴 隼人]
志貴さん、お疲れ様です。
部屋に、【猛烈な《須田台風》】上陸!(笑)
俺、急きょ当直になり部屋にいません。
被害状況、俺と志貴先輩の寝床無し!
パーツ…バラされて、第1の営庭にあると
(おおむ)ね予想。
ロッカー中身、散乱。あと頼みます!
――――――――――――


ヴッ!

――――――――――――
[土岐、お疲れ。
おーおー。【猛烈な《須田台風》】上陸か。(笑)
面倒くせぇな。寝床、バラして投げられたか。
了、状況掌握(しょうあく)。拾って戻る。(笑)
…で。お前さ、急きょ当直代わったなら晩飯は?]
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俺の晩飯の心配…。本当に頭が上がらないな。

そう思いながら、【補給物資、要請!】と書いたら【了解!】と返事が来て…俺は当直業務に集中することができた。
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