迷彩服の恋人 【完全版】
…やばい、本当に待たせてる。
「…あ、あった。〔Nature〕。ここか…。」
志貴先輩が連絡してきた店を発見するや否や入店し、あたりを見回し先輩たちの姿を探す。
すると、俺に気がついた30代くらいの男性店員が声を掛けてくれた。
「お待ち合わせですか?」
「はい。予約の名前は"志貴"もしくは"桧原"になってると思いますけれども。」
「あっ、"桧原様"ですね。奥のボックス席をご用意しております。こちらです。」
男性店員に案内され、無事に志貴先輩たちと合流できた。
「志貴3そ…じゃなかった。志貴さん、桧原さん。遅くなりました…すみません。」
「“土岐陸士長”、お疲れ様です。」
中崎、〝階級〟は無しでいい。課業も終わってんだから。
「中崎。課業終わってるし、〝外〟だから“土岐さん”でいい。〝階級〟は無し。」
中崎とそんな会話をしている最中に〝視界の隅に入ってきた人物〟に…俺は言葉を失う。
えぇっ、嘘だろ!?
偶然にしたって…こんなことあるか!?
どうして〝彼女〟がここに!?
「階級を言ったところで、民間…一般の方には分からないよ。説明無しで分かるのは、おそらく…自衛官に慣れてる〝志貴さんの彼女の桧原さん〟ぐらいじゃないかな。…えっ、望月さん…です、よね?」
俺に気づいた望月さんも、パチパチと瞬きを繰り返している。
「えっ、何なに?土岐くん。都ちゃんと知り合いなの?」
「あの、結花先輩…。〝捻挫した時に助けてくれた方〟、トキさん…だったみたいです。」
「えぇぇ!?じゃあ、〝名乗らぬ王子様〟って…土岐くんだったの!?」
確かに、慌てて帰ったので名乗りそびれましたが…そんなこと言うのはよして下さい。
〝王子様〟なんて柄じゃありません。
どちらかといえば、俺は〝 醜男〟の部類です。
顔は濃いめで好み分かれるし…仕事のしやすさ重視で洒落っ気なんて全然無いし。
いつかの合コンで、坊主頭だからか…帽子脱いだら場の空気が冷えましたし。
俺が桧原さんや望月さんと並んだら…〝 美女と野獣〟って感じになりますよ、きっと。
「はぁ!?えっ!?じゃあ、土岐が〝1週間心配してた民間人女性〟って…望月さんだったのかよ。」
「はぁ!?何それ!?〝もっちゃん〟、抜け駆け!?」
「望月先輩、聞いてないですよ。ズルくないですか!?」
桧原さんの同期の方や彼女たちの後輩に、そう捲し立てられる望月さん。
――あ、〝 彼女〟の表情が曇ったというか……強張った。
もしかすると…望月さんは、こういう〝 高圧的な人〟が苦手なのかもしれない。
俺と、病院で世間話した時は…こんなことなかったから――。
むしろ、あの時はゆっくり時間が流れていた気がする。
「お戻りになって下さい」と言ってくれた時の、あのふわりとした優しい笑顔になればいいのに……。
ハッ、そうか…俺は――。
〝 彼女〟の笑顔が見たいんだ――。
「ちょっと3人は――。」
桧原さんが、同僚の方たちと望月さんの会話に割って入って止めようとしたが…俺の方が思わず口を挟んでしまった。
「皆さん。"この会"を始める前に、少し…望月さんとお話させて下さい。…望月さん、大丈夫ですか?肩の力、抜けます?」
俺は、彼女がこれ以上体を強張らせないように…落ち着いたトーンで声を掛けた。
すると、なぜか桧原さんが一瞬驚いた表情をして…すぐに「ふふっ!」と笑う。
「あっ、ごめんなさい。大丈夫です、落ち着きました。…私、"こういう場"が少し苦手で…。……あの、先日はありがとうございました!」