迷彩服の恋人 【完全版】


――1週間後。

「もう!ほんと!なんで私が…。行きたくもないサークルの同窓会に、こうまでして行かなきゃいけないのよ!先輩も、ほんと…しつこいんだから!もう一回念押しの電話なんかしてこなくて良いのよ!……私の貴重な日曜日を返せー!!」

ここは路上だ。
そんなところで人目を(はばか)らず怒りの感情を(あら)わにしてしまうのは、自分の年齢も考えると…かなり"イタイことをしている"とは思ってる。
自覚は十分にあるけど、それでも怒りが収まらないのは…昨日の"先輩からの念押し電話"と、身支度していた時に繰り広げられた"母との会話"のせい――。



――{「もしもし。望月さん、あなた…明日は絶対来なさいよね!あなたみたいな地味な子がいると、私の綺麗さが引き立つし。それに望月さんがいると、料理がみんなに行き届くから助かるのよねー。」}

ほらね、この人の本音は"こっち"なんだから。
自分以外の女になんて興味が無いし、特に私みたいな風貌が地味な女はこき使っていいと思ってる。

これが分からない私の母も"おめでたいなぁ"と思いながら、先輩の話を聞き流して電話を切ったような気がする。


今日も今日とて――。
家を出る2時間前から母が部屋に来て…出て行こうとせず居座ったのには驚いたし、呆れて物も言えなかった。

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「都、なんて地味な格好してるのよ。冬じゃないんだから、もっと明るい色を着ていきなさいよ。靴だって、背が低いんだから5cm以上あるやつにしていきなさい。それだけで印象変わるんだから。」

「うるさいなー。お母さん、分かってる?私、会社行く時でも3cm以下なんだけど!履いていくの。あまり履かないんだから、何で"転ぶかも"とかも想像してくれないわけ!?」

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思い出すだけで面倒な会話――。
まぁ。結局、言われた通りにしちゃう私が1番悪いんだけどさ…。

だって。聞いておかないと永遠に言い続けるんだもん。

今の私は、仕事と趣味の"オタ活"にエネルギーを注いでいて…3次元の男性への興味が年々薄れてきている〝干からびかけのアラサー女〟である。

勤務先の〔株式会社 幸味(こうみ)食品〕は日本全国に名を馳せる大手食品メーカーで私はその営業部に籍を置き、日々駆けずり回っているけれど――。
皆さんに美味しい食品を提供できることには、やり甲斐を感じている。

大手メーカーだから収入もそれなりに安定していて、給料の3分の1は生活費として母に渡している。
そこまでしてるのに、週末に家で録り溜めてあるアニメを見ることの何がいけないのやら。
週末ぐらい自由にさせてほしい。

その反面、恋愛から遠ざかっている自覚はあるし…反省もしているけど、〝体だけを求める男性〟や…〝人の話は聞かなくて…自分の理想だけを求める男性〟なんて…もう懲り懲りなんだ。
だから〝人が集まる場所〟には極力行きたくないっていうのが本音……。

だって。絶対、恋愛の話になるじゃん。


――あ〜ぁ、どうせみんなの【幸せエピソード】を嫌というほど聞かせられるんだろうなぁ…。

そんな私の思いなんて、考えもせずに母は「準備ができたら、さっさと行きなさい。」って家から追い出した。
しかも"シッ、シッ!"と、追い払うようなジェスチャーまでして――。

ほんとに…どんな母親って思う。

両親は還暦間近という年齢で、3つ上の兄は去年入籍し…今は妻子持ちの横浜在住。
3つ下の弟は、両親や私と一緒に一戸建ての実家に住み、美容師の仕事に精を出していて…徐々に家計を助けてくれつつある。

それにしても。今日の東京の空模様は"梅雨のあいだの晴れ間"のようで、青空と赤みがかってる雲のコントラストが、憎らしいほど綺麗だ――。
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