迷彩服の恋人 【完全版】
「土岐さん、お疲れ様です。」

ドアを押し開け…周りに視線を走らせると、土岐さんがお店の外壁に背中を預けて煙草を吸っていた。

「…え?…あっ、望月さん。お疲れ様です。」

私の姿を見るなり、彼は持っていた煙草の火を消そうとする。

「あっ、いいです。煙草、そのままで。父も兄も吸うので……。」

「ありがとうございます。ではこの1本だけ、甘えさせてもらいますね。……そういえば、今日はメガネなんですね。」

「…えっ、はい。コンタクトが入らなかったんです。変ですか?……あのっ!先ほどは、朝香先輩と〝若手の女子2人〟がすみませんでした。疲れましたよね…。」

「そうだったんですね。いえ、僕はどちらもお似合いだと思いますよ。メガネされてると、より知的に見えますね。……いや、疲れたというほどでは――。」


やっぱり"答え"を濁してる――。
優しいんですね――。

「私は疲れました。だから少しだけ…土岐さんと、ここで過ごしてて良いですか?……あなたといると、何か落ち着くんですよ。それに、今日やっとあなたのお名前も分かって話したいなと思ってるのに…あの人たち、ずっとマシンガントークしてるんですもん。…そういえば、"エンカン"って何ですか?」

彼が笑った息遣いが聞こえた。

「フッ…。あなたは正直な人だ。もちろん、望月さんなら構いません。ただ、僕といても楽しさは保証できませんよ?…"落ち着く"……。そんなこと初めて言われました。何だか照れますね。じゃあ…。僕も望月さんを見習って、ちょっと本音を吐こうかな…。桧原さんと望月さん以外の方は僕の苦手なタイプなので…正直疲れました。…あぁ、煙缶(えんかん)。これも自衛隊用語ですね、失礼。"灰皿"のことですよ、"(けむり)"の"(かん)"と書いて煙缶です。」

「あぁ、灰皿!なーるほど!確かに。ドラム缶みたいなものを灰皿として設置してあるところを見たことがあります。確か…土木の作業現場の横を通った時に"なんであんなところにドラム缶が?"と思ってたら、男性が数人で煙草吸ってて…灰を缶の中に落としてたので"あぁ、あれが灰皿なんだ"と思って納得したんですよねー。」

私が何気なく自分の記憶にあるエピソードを話すと、土岐さんが乗ってきてくれる。

「まさにそれですね!あー。土木の現場ならありそうな光景ですね。…まぁ、灰皿のことを煙缶って言う人と遭遇したら、その方は十中八九我々と同職種の陸自…陸上自衛官です。」

「ふふっ、『我々』かぁ…。じゃあ"アレ"はリアルに基づいた設定なんだ…。…あっ。ごめんなさい、前々回のクールのアニメで【自衛隊もの】の作品があって、その中で言ってたのを思い出したんです。」

「あぁ、なるほど。……そうか。望月さんはアニメが好きなんですね!」

あっ、しまった! また熱入れて喋っちゃった!

「…あー。またやっちゃった。引きましたよね…?」

「えっ、引く?どうしてですか?」

「私…アニメや声優…バンド音楽が好きで、都内はもちろん…地方遠征とかもしてて。"無理のない範囲で〝推し〟に貢献する"っていうのが今は生き甲斐なんです。だから、それを大事にしてるんですけど…。周りから『もう"29"にもなるのに、アニメから卒業しなさい』とか『地方遠征とかバカじゃないの!?お金かけすぎ』とか『突き詰めるわ、追っかけ回すわ…オタクってキモッ!』って言われて、引かれることが多いので…。」
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