迷彩服の恋人 【完全版】
「いえ、私は大丈夫です。あとは自分で何とか――。」

いや"自分で何とか"は無理でしょう、先ほどから"痛そうな顔"を何度かされてるじゃないですか。

無理はされないで下さい。

それに、捻挫は初期の段階でしっかり治さないとクセが付いて再発しやすい状態になると、駐屯地常駐の医官と看護師が言っていた。

だから可能なら受診は勧めたいし、付き添いたいが…。

そもそも、自衛隊病院でいいのか?
いや。でも、民間人をいきなり自衛隊病院に連れていくのは…本人も家族も驚くか。

しかし。今日は日曜日だ、民間の病院は休みのところが多いか…。

「おい、〝お兄さん〟や。〝お嬢さん〟を病院へ連れていってあげなさいな。」

"それ"をあえて口に出して言わないであげて下さい。分かってますから。
ほら。〝彼女〟、顔赤くして…俯いちゃったじゃないですか。

それにしても…。どうしてこんなに様子を(うかが)っている人たちが多いんだ。

ケガ人は、"見せ物"じゃない。

見られている方は、たまったものじゃないんだ。
俺がもともと〝そういうタイプの人間〟だから、"見られているのは嫌なんじゃないか"と考えてしまう。

これだけの人数の中に〝心から彼女を助けようと思っている人〟は、どれだけいるんだろうか…。

もう少しの辛抱です、待ってて下さいね。


この際、【休日診療を行っている病院】ぐらい情報提供してもらおう。

「はい、もちろん。そのつもりです。助言をいただき感謝します。それで…。ここから一番近い【休日診療を行っている病院】をご存じありませんか?」

〝彼女〟は、まさか俺から【病院】という単語を聞くと思っていなかったのか…下を向いていたはずの顔をハッと勢いよく上げた。
…そして、その直後にはアタフタし始める。

はは、かわいい――。

なぜか急に"守りたい欲"が湧いてきた。


そこからは何人かの人が、あれこれ話し出し…病院を教えてくれた。

「病院、分かりましたから…行きましょう。…あっ!でも立てないのか――。先にドア開けてきますね。」

〝彼女〟に一言そう断ってから、俺は急いで[ランクル]の助手席のドアを開けにいった。
そして〝彼女〟のところに戻った時、周囲の皆さんにも声を掛けた。

「さぁ…皆さん、あとは私が引き受けますから各々の目的地へどうぞ向かって下さい。」

俺がそう言うと、ほとんどの人たちはそれぞれの場所へ散らばっていった。

「さて…。少しお体失礼しますね。」

俺は〝彼女〟の背中と膝に自分の腕を差し込んで抱き上げる。

すると〝彼女〟は、顔を真っ赤にして「きゃあ!」と短く声を上げた後、遠慮気味に俺に捕まってきた。

「初対面の男に触れられるなんて…ご不快かと思いますが、僕の車までなのでご容赦を。」

〝彼女〟が「きゃあ!」と短く声を上げた時点で〝まだ残っているギャラリーたち〟の女性陣は「きゃぁぁ!」と歓声とも取れる声を上げ…男性陣は「やるな、〝兄ちゃん〟!」と冷やかしてくる。

何が「やるな!」なんだか――。
こっちは普通に"人助け"でやってるんだって!

だんだん腹立たしくなってきた俺は、そのまま〝ギャラリー〟の前を何も言わずに素通りし、〝彼女〟を[ランクル]の助手席にそっと下ろした。
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