モテ男子はミソ・ラブ女子に陥落する
第三章 攻略不能!
一 お願いは二度起こる
祐司郎は仕事を終えて帰宅し、スマートフォンを見て飛び上がった。母親からのラインは、来週末の日曜日、見合いだからすっぽかさず来るように、というものだったからだ。
(ヤバい、すっかり忘れていた)
祐司郎の実家は病院経営をしている。地元においてはかなりの影響力を持っていた。現在、院長には兄が就いていて、父は理事長として経営に専念している。その父は社交的でいろんなところに顔を出し、ツテを作っている関係で、しょっちゅう縁談が舞い込んでくる。
兄は大学時代から交際していた女性とさっさと結婚してしまったので、縁談の対象は祐司郎と一歳年下の妹、香奈だった。とはいえ、その香奈は現在仕事で海外にいるため、見合い攻撃は受けてはいない。
メッセージを見た瞬間、反射的に電話を掛けていた。
(断る口実、なんかないかっ)
コールを聞きながら必死に言い訳を考えるが通話開始になった途端叫んでいた。
「見合いはしない。交際してる人がいるんだ!」
『え』
母の驚いている声が聞こえ、さらに勢いづく。
「今までと違って、結婚も考えてるんだ」
『またまたそんな嘘を』
「嘘じゃないっ」
『遊び人のあなたが選ぶ相手なんて、結婚に向いてないわよ。おとなしく見合いなさい』
なんという言い草! と叫びそうになってやめた。ここで言い争って追及されたら、それこそボロが出る。口では母親に勝てないのだから。
「とにかく行かないから」
『困るわよ、今更そんなこと。お父さんの顔に泥を塗るつもり?』
「そっちが勝手に決めたんだろ。知らないよ、そんなこと」
『どうせ嘘なんだから、ちゃんと来なさいよ』
「だからー! 結婚したい人がいるんだって!」
『だったら今週末、連れてきなさいよ。ちゃんと紹介してくれたら信じるし、お父さんも頭下げてくれるわよ』
「え」
『ほら、口から出まかせなんじゃない』
「連れていくよ! 会わせりゃいいんだろ、会わせりゃ!」
『じゃあ、今週の日曜、二時に待ってるから』
通話が切れた。ツーツーという普通音が耳に響いている。その無情な音が祐司郎に現実を突き付けていた。
(しまった……つい、売り言葉に買い言葉で……ヤバい)
頭の中に親しくしている女たちの顔を思い浮かべる。何人も出てくるが、みなおそらく『将来を考えている関係』という演技は快く引き受け、やり遂げてくれるだろう。しかも完璧に。だが、そのあとが大変なことは火を見るよりも明らかだ。
親に紹介するくらい信頼しているということは、誰よりも祐司郎にとって近い距離にいるというお墨付きを手に入れるのだから。
冷や汗なのか脂汗なのか、とにかく嫌なものがぶわりと浮かんでくる。
(えーっと、えーっと)
一人一人慎重に吟味しても、やはり答えはノーだ。
(フランソワーズの世話をしてもらうために部屋に入れることさえ拒んだ相手たちを、よもや親に紹介するなんてあり得ない。どうすれば……)
祐司郎は眉間を指で押した。
(やっぱり……)
思いださないようにさり気なく避けていた顔がドカンと脳裏を占拠する。
(神南さんに頼むしかないか。彼女は俺のこと、なんとも思ってないようだし。……ん?)
今、もやっとなった。
(いやいや、いいんだ、それで。俺に気があって、カノジョの席に座ろうなんて考えてるほうが困るんだから。神南さんには、彼女が喜ぶモノをお礼すれば、きっとWinWinになるはず。だったら、味噌だな。味噌セットとかあげたらそれで充分だろう)
祐司郎は、善は急げとばかりに沙也のラインにメッセージを送る。
『何度も申し訳ないのだけど、またお願いしたいことができてしまって、話を聞いてもらえないかな』
すぐに返事が来ると思ってスマートフォンを手にしたまま待っているが、なかなか既読にならない。
(風呂かな? 次の旅行は来月だって言ってたように思うんだけど……)
少し待とうと自らも風呂に入り、戻ってきてスマートフォンを確認したが、未だ既読にはなっていない。
(なにをやってるんだろう。まさか味噌作りとか?)
冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、プシュっとあけた時、プルルンと通知音がした。
『なんですか? フランソワーズのことなら大丈夫ですけど』
けど、というのが気になる。フランソワーズではなく祐司郎自身のことだったらお断りということだろうか。祐司郎は自分の中にまたももやっとしたものを感じた。
『重い話だからメッセージじゃなくて、口頭で説明したい。明日、仕事が終わったら時間もらえる?』
既読がついたが返事が来ない。それがまたしても、祐司郎をもやっとさせる。
(俺に頼まれたら、みんな喜ぶんだけどな!)
なんて子どもじみたことを考え、かぶりを振った。
(頼み事をしようとしてる側が、なにをエラそうなことを考えてる。ここは謙虚に……)
『わかりました。明日、時間あけておきますので、お仕事終わったら連絡ください』
(よし!)
まだ了解を取り付けたわけでもないのに、勝ったような気持ちになっている。だが、祐司郎には根拠のない自信があった。
(神南さんはきっと引き受けてくれる)
気持ちも穏やかになり、祐司郎はベッドに潜り込んだ。
「それはさすがにお断りします」
「…………」
沙也に一通りのことを説明し終えた祐司郎を襲ったのは思いもよらない言葉だった。
「黒崎さんを想っている女性にお願いされたほうがいいと思います」
「いやいや、それができたらフランソワーズの世話だって、その人に頼んでるよ。前よりハードルが高くなったからこそ、神南さんしか頼める人がいないわけで」
「ハードル高いってわかってるんだ」
「……あ、まあ、それは……うん」
「ご両親にお会いして、結婚前提に交際しているなんて嘘、とてもつけませんよ。すぐにバレると思います」
沙也の顔は心底困っている、という感じで、祐司郎は言葉を失った。
女性に頼み事をして断られたことなどなかった。みな先を争ってかなえようとしてくれたからだ。
「この借りは何倍にもして返すから」
「いえ、無理なものは無理です。というか、お見合いの場に行って、二時間ばかり我慢して、タイプじゃないって言えば済むことでしょう? そんな姑息なことをする必要なんてないと思いますけど」
「姑息って言うなよ」
「あ、すみませんっ」
「あ、いや、俺こそ頼んでる側なのに、ごめん。母に弱みを見せたくない、というか弱みを握られたくないんだ」
祐司郎は肩を落とし、観念したような口調で白状すると、沙也は少し同情の表情になった。
「とにかく人の話を聞かない。言いたいことを一方的に言って、こっちの返事を無視して勝手に決めてしまう。今回の見合いもそうだ。相談もなしに、いついつどこそこでって言って、もう決まったことだと突き放す。弱みを握られたら、ますます歯止めが利かなくなる。絶対に見合いの場には行きたくないし、ブチ壊したい」
「…………」
「神南さんに迷惑はかけない。今週の日曜、ウチに来て親の前でただ座っていてくれるだけでいいから。この通り」
両手を合わせて拝む姿に、沙也の表情がまた少し変わった。
「ウチの母も、ちょっと癖があるんですよね」
「え?」
「ウチの母は学生結婚して、卒業したら妊娠、出産だったから、社会で働いたことがなくて、浮世離れしている感じでふわふわした人で。でも、勘が鋭くて、痛いところを衝いてくるから返す言葉がなくて。黒崎さんの、弱みを握られたくないって気持ち、わかる気がします」
「…………」
「うまくいくかどうかわかりませんが、やるだけはやります。でも、成功しなくても責めないでくださいね」
「もちろん!」
黒崎の目に希望の光が灯る。その輝きを困惑の表情を浮かべて見ている沙也を黒崎は力強いまなざしで見返したのだった。
(ヤバい、すっかり忘れていた)
祐司郎の実家は病院経営をしている。地元においてはかなりの影響力を持っていた。現在、院長には兄が就いていて、父は理事長として経営に専念している。その父は社交的でいろんなところに顔を出し、ツテを作っている関係で、しょっちゅう縁談が舞い込んでくる。
兄は大学時代から交際していた女性とさっさと結婚してしまったので、縁談の対象は祐司郎と一歳年下の妹、香奈だった。とはいえ、その香奈は現在仕事で海外にいるため、見合い攻撃は受けてはいない。
メッセージを見た瞬間、反射的に電話を掛けていた。
(断る口実、なんかないかっ)
コールを聞きながら必死に言い訳を考えるが通話開始になった途端叫んでいた。
「見合いはしない。交際してる人がいるんだ!」
『え』
母の驚いている声が聞こえ、さらに勢いづく。
「今までと違って、結婚も考えてるんだ」
『またまたそんな嘘を』
「嘘じゃないっ」
『遊び人のあなたが選ぶ相手なんて、結婚に向いてないわよ。おとなしく見合いなさい』
なんという言い草! と叫びそうになってやめた。ここで言い争って追及されたら、それこそボロが出る。口では母親に勝てないのだから。
「とにかく行かないから」
『困るわよ、今更そんなこと。お父さんの顔に泥を塗るつもり?』
「そっちが勝手に決めたんだろ。知らないよ、そんなこと」
『どうせ嘘なんだから、ちゃんと来なさいよ』
「だからー! 結婚したい人がいるんだって!」
『だったら今週末、連れてきなさいよ。ちゃんと紹介してくれたら信じるし、お父さんも頭下げてくれるわよ』
「え」
『ほら、口から出まかせなんじゃない』
「連れていくよ! 会わせりゃいいんだろ、会わせりゃ!」
『じゃあ、今週の日曜、二時に待ってるから』
通話が切れた。ツーツーという普通音が耳に響いている。その無情な音が祐司郎に現実を突き付けていた。
(しまった……つい、売り言葉に買い言葉で……ヤバい)
頭の中に親しくしている女たちの顔を思い浮かべる。何人も出てくるが、みなおそらく『将来を考えている関係』という演技は快く引き受け、やり遂げてくれるだろう。しかも完璧に。だが、そのあとが大変なことは火を見るよりも明らかだ。
親に紹介するくらい信頼しているということは、誰よりも祐司郎にとって近い距離にいるというお墨付きを手に入れるのだから。
冷や汗なのか脂汗なのか、とにかく嫌なものがぶわりと浮かんでくる。
(えーっと、えーっと)
一人一人慎重に吟味しても、やはり答えはノーだ。
(フランソワーズの世話をしてもらうために部屋に入れることさえ拒んだ相手たちを、よもや親に紹介するなんてあり得ない。どうすれば……)
祐司郎は眉間を指で押した。
(やっぱり……)
思いださないようにさり気なく避けていた顔がドカンと脳裏を占拠する。
(神南さんに頼むしかないか。彼女は俺のこと、なんとも思ってないようだし。……ん?)
今、もやっとなった。
(いやいや、いいんだ、それで。俺に気があって、カノジョの席に座ろうなんて考えてるほうが困るんだから。神南さんには、彼女が喜ぶモノをお礼すれば、きっとWinWinになるはず。だったら、味噌だな。味噌セットとかあげたらそれで充分だろう)
祐司郎は、善は急げとばかりに沙也のラインにメッセージを送る。
『何度も申し訳ないのだけど、またお願いしたいことができてしまって、話を聞いてもらえないかな』
すぐに返事が来ると思ってスマートフォンを手にしたまま待っているが、なかなか既読にならない。
(風呂かな? 次の旅行は来月だって言ってたように思うんだけど……)
少し待とうと自らも風呂に入り、戻ってきてスマートフォンを確認したが、未だ既読にはなっていない。
(なにをやってるんだろう。まさか味噌作りとか?)
冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、プシュっとあけた時、プルルンと通知音がした。
『なんですか? フランソワーズのことなら大丈夫ですけど』
けど、というのが気になる。フランソワーズではなく祐司郎自身のことだったらお断りということだろうか。祐司郎は自分の中にまたももやっとしたものを感じた。
『重い話だからメッセージじゃなくて、口頭で説明したい。明日、仕事が終わったら時間もらえる?』
既読がついたが返事が来ない。それがまたしても、祐司郎をもやっとさせる。
(俺に頼まれたら、みんな喜ぶんだけどな!)
なんて子どもじみたことを考え、かぶりを振った。
(頼み事をしようとしてる側が、なにをエラそうなことを考えてる。ここは謙虚に……)
『わかりました。明日、時間あけておきますので、お仕事終わったら連絡ください』
(よし!)
まだ了解を取り付けたわけでもないのに、勝ったような気持ちになっている。だが、祐司郎には根拠のない自信があった。
(神南さんはきっと引き受けてくれる)
気持ちも穏やかになり、祐司郎はベッドに潜り込んだ。
「それはさすがにお断りします」
「…………」
沙也に一通りのことを説明し終えた祐司郎を襲ったのは思いもよらない言葉だった。
「黒崎さんを想っている女性にお願いされたほうがいいと思います」
「いやいや、それができたらフランソワーズの世話だって、その人に頼んでるよ。前よりハードルが高くなったからこそ、神南さんしか頼める人がいないわけで」
「ハードル高いってわかってるんだ」
「……あ、まあ、それは……うん」
「ご両親にお会いして、結婚前提に交際しているなんて嘘、とてもつけませんよ。すぐにバレると思います」
沙也の顔は心底困っている、という感じで、祐司郎は言葉を失った。
女性に頼み事をして断られたことなどなかった。みな先を争ってかなえようとしてくれたからだ。
「この借りは何倍にもして返すから」
「いえ、無理なものは無理です。というか、お見合いの場に行って、二時間ばかり我慢して、タイプじゃないって言えば済むことでしょう? そんな姑息なことをする必要なんてないと思いますけど」
「姑息って言うなよ」
「あ、すみませんっ」
「あ、いや、俺こそ頼んでる側なのに、ごめん。母に弱みを見せたくない、というか弱みを握られたくないんだ」
祐司郎は肩を落とし、観念したような口調で白状すると、沙也は少し同情の表情になった。
「とにかく人の話を聞かない。言いたいことを一方的に言って、こっちの返事を無視して勝手に決めてしまう。今回の見合いもそうだ。相談もなしに、いついつどこそこでって言って、もう決まったことだと突き放す。弱みを握られたら、ますます歯止めが利かなくなる。絶対に見合いの場には行きたくないし、ブチ壊したい」
「…………」
「神南さんに迷惑はかけない。今週の日曜、ウチに来て親の前でただ座っていてくれるだけでいいから。この通り」
両手を合わせて拝む姿に、沙也の表情がまた少し変わった。
「ウチの母も、ちょっと癖があるんですよね」
「え?」
「ウチの母は学生結婚して、卒業したら妊娠、出産だったから、社会で働いたことがなくて、浮世離れしている感じでふわふわした人で。でも、勘が鋭くて、痛いところを衝いてくるから返す言葉がなくて。黒崎さんの、弱みを握られたくないって気持ち、わかる気がします」
「…………」
「うまくいくかどうかわかりませんが、やるだけはやります。でも、成功しなくても責めないでくださいね」
「もちろん!」
黒崎の目に希望の光が灯る。その輝きを困惑の表情を浮かべて見ている沙也を黒崎は力強いまなざしで見返したのだった。