仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
同時に、自分が北条病院の令嬢でなくなるのなら、この結婚に意味はあるのかという疑問を抱いた。しかも、多額の負債を抱えているわけだ。
大知との結婚は親同士が決めた政略結婚のようなもの。大知のような大病院の跡取りになる妻は、それ相応のステータスが求められる。
そのことは、両家の顔合わせの時に嫌というほど感じた。北条病院という存在だけが、大知との仲を繋いでくれただけ。大知や岩鬼家が欲しいのは、北条病院の娘という肩書なのだ。
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大知に離婚の意志を伝えた翌日。杏はいつも通り大学へと向かった。
あれからあまり眠れず、そのまま朝を迎えた。大知は朝五時に起き、六時前には出て行ったようだった。
本当は見送りをしたかったが、昨日の今日だ。顔を見れば決心が揺らぐと思い、ベッドの中で大知の気配が消えるのを待った。
「おはよ。杏」
キャンパス内をぼんやりと歩いていると、友人の美森清香(みもりきよか)が、杏の背中をポンと叩いた。
大学内は学生たちの楽し気な声に満ち、活気にあふれている。千八百年代に建てられた、趣のある校舎横の木々たちは、彼らの息吹を栄養にしているかのように、青々と茂っている。