仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
そんな杏を、閑はすました顔で見下ろしている。しかも物言いがロボットみたいに淡々としていて、まるで人間味がない。
「その顔、何もご存じないようですね。まぁだからのこのこと妻面して病院に来られるんでしょうけど」
(のこのこって……まさかこの前みられてた? 全然気づかなかった……)
「ほんと、おめでたい人。見た目も中身もおこちゃまなのね」
クスクスと笑われ、唇をギュッと噛みしめる。
推測するに、拓郎は北条病院の事情を知り、大知に別れろと言っているのだろう。だから何度も電話をかけてきていた。でも無理もない。拓郎は杏のことを家柄だけで選んだのだから。後ろ盾がなくなった杏には用済み。いや、お荷物でしかない。
もう二人を阻むものはないと思っていたけれど、結婚は当事者だけの問題ではないということだ。愕然としていると、閑はさらに衝撃的なことを告げた。
「ちなみに離婚届は、お父様に頼まれて役所に出してきたところなんです。今はその帰りで 」
スッと鼻の頭に触れると、どこか勝ち誇ったような顔で杏を見下ろす。そしてカバンに入っていた役所の名前入りの封筒をチラッと見せた。
「そんな……勝手に出すなんて、違法なんじゃ……」
「あら、ご存じないの? お互いのサインがあれば代理の者が提出したっていいのよ」
ドクドクと心臓が加速する。額からは汗が滲み、今にも意識を失いそうだった。