仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
明の病院には様々な事情を抱えた人たちが来院していた。そういった人たちの力になりたいという想いが、杏の中で自然と大きくなった。
「うん、ちょっとね」
「喧嘩でもした?」
矢継ぎ早に、清香が尋ねる。
(喧嘩か……。喧嘩ができたらどんなにいいか)
大知と向き合って話したのはいつが最後だっただろう。思い出を紡ぎ出そうとすればするほど、出てこなくて、愛されていなかったことを実感してしまう。全部理解した上で結婚したのに、自分の覚悟がいかにちっぽけだったか思い知らされる。
「実は、別れようと思ってるの」
喉の奥から絞り出したように言えば、清香が「えぇー!!」と、大きな声を上げた。
「別れるって、離婚するってこと?」
「うん……」
「うんって、杏はそれでいいの?」
杏の前に回り込むと、両手で杏の肩を掴み、ぐらんぐらんと揺さぶる。
もう九月だというのに、太陽は真夏の延長戦のような強い日差しを向けていて、二人の額には、じんわりと汗が浮かび始めている。
そんな中、杏は口を開いた。
「いいの。もう決めたことだし、大知さんも納得してくれたっぽいし」
「そんな……」