仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
勘違いやすれ違いを重ねてきた二人だが、その誤解が解ける度、絆が強くなる気がする。離れそうになっても必ず結びつき、引き寄せあう強固な絆が、二人には存在するのだろう。
「コホン、そろそろいいかしら」
ふと背後から聞こえてきた声に、二人でハッとしながら振り返る。そこには、障子に背中を預け、腕組みする志乃と、二人を優しい眼差しで見守る明が立っていた。
しまった、ここが実家だということをすっかり忘れていた。大知は杏から離れると、深々と明に頭を下げた。
「夜分遅くに申し訳ありません」
「いらっしゃい、大知くん」
人の良さそうな皺を目尻に寄せ、大知を見据えている。その顔はどこか嬉しそう。もしかすると、大知の必死な態度が、明の心を打ったのかもしれない。
大知にとっては不本意で恥ずかし状況だが、親にしてみれば、子どもを愛してもらえているという事実は、何より喜ばしいことに違いない。一度は、自分のせいで杏を不幸にしてしまったと、悔やんでいたから余計に。
「ほら言ったじゃない、杏ちゃん。大人っぽいメイクなんてする必要ないって」
志乃が苦笑いしながら杏に進言する。
「だって、いまだに高校生に間違えられるんだよ。もうすぐ二十五歳なのに」
口を尖らせ不貞腐れたように言う。まさか自分のためにメイクの練習をしているとは、誰が想像したか。
もしかするとこの前一緒に水族館に行ったとき、大知の妹に間違われたのを気にしているのかもしれない。
そう思うと、ますます愛しさが込み上げた。