仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


「この提案は、両家のメリットにもなると思っています。昨今の地域医療は深刻な医師不足によって、危機的状況にあります。そのうしろ盾ができれば、岩鬼家や、人々の暮らしと健康を守るを理念に掲げる議員の父にも、有利に働くと考えています 」

 杏はあきらかに困惑していた。まさかこんな話が飛び出すとは思わなかったのだろ。

「すぐにお返事をくれとは言いません。ですが、杏もこの病院を、実家を大切に想っています。守りたいだけです。愛している人の大切なものを」
「大知さん……」

 杏の瞳がどんどん、潤みを増し濡れていく。明は何を想っているのか、首肯も首を振ることもせず、ただ大知を見つめている。志乃に至っては今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 杏のために、ここにいるスタッフのために、地域のために、この場所は必要だと感じている。その手伝いができるのならと、大知は考えていた。それは杏から話を聞いた時から。 

 とはいえ、明にも男として医師として、そして父としてのプライドがある。それを鑑みると、すぐに返事ができるとは思えない。

 大知はすっと引き下がった。

「また改めて伺います。お時間いただきありがとうございました」

 綺麗な姿勢のまま立ち上がると、ぺたんと座り込む杏に手を差し伸べる。
 
「杏、帰ろうか」
「は、はい」

 二人に一礼すると、杏と大知は実家を後にした。
 

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