仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


 マンションに着き、家にあがったところで杏がおもむろに切り出した。

 「大知さん、ありがとうございました。そんなふうに考えてくれているなんて、知りませんでした」

 時刻はすでに十一時を回っていて、明日の用意やお風呂の準備など、やるべきことはたくさんあったが、まずきちんと目を見て礼が言いたかったのだ。

 大知がクロークにジャケットをかけながら振り返る。

「礼には及ばないよ。俺にはこのくらいしかできない。それに、お義父さんのことを同じ医師として尊敬しているんだ。学びたいことがまだまだある」
「私も正直、お父さんにはまだ医者を続けてほしい。みんな、お父さんの診察を待ってるから……。でもよくお義父さんが許可くださいましたね」
「あぁ、まぁな」

 拓郎は大知にしつこく離婚しろと迫ったが、大知は決してうなずかなかった。その代わり、北条家を援助し体裁を守れるようにするべきだと、拓郎に持ちかけていたのだ。

 拓郎は大知の説得に根負けし、この案を飲んでくれた 。拓郎にとっては息子のためというより自分のため。体裁が守られればなんだっていいのだろう。そのためなら、金も惜しまない。そんな拓郎の性格を逆手に取ったのだ。


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