仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
正直、意外だった。門前払いされるものだとばかり思っていたのに。
それからことは瞬く間に運び、杏とのお見合い当日。杏は愛らしい着物を着て、大知たちの前に現われた。大知はその瞬間、息をのんだ。杏があまりにも綺麗に変貌していたからだ。同時に、やはり彼女をひとりの女性として見ていたことを、このときはっきりと自覚した。
大知は動揺する気持ちを隠し、静かに声をかける。
「久しぶり」
「大知さん、お久しぶりです」
だが杏はお見合いが始まっても始終控えめで、大知や拓郎の言葉にうなずくばかりだった。緊張しているのか、はたまた無理やり連れてこられて嫌だったのか。
(……きっと後者だろう)
現に全然目を合わせようとしないし、顔も強張っている。ここに来たのは、北条家にとって、岩鬼家のうしろ盾が必要な理由でもあるのだろうと悟った。このご時世、中規模病院の経営が厳しいことを知っていたからだ。
それでも彼女への恋心を自覚してしまった今、この縁談を無駄にはできないと、大知は杏に「結婚してくれ 」とプロポーズしたのだ。
それから入籍を終え、新居を構えても、大知は忙しくあまり家庭を顧みることができなかった。たまに顔を合わせても杏はよそよそしく、距離を縮めようとしなかった。
もちろん、夫婦生活だってない。杏の気配を感じ、何度も抱き寄せてしまいたい衝動にかられたこともあったが、杏の気持ちが自分にないのに手を出すのは、はばかれた。
それと、結婚前、明に言われたことも大きい。
『大知くんも知ってるとは思うが、杏は母親に似てあまり体が丈夫じゃない』
と。確かに最初に会った時も、熱をだしていた。色白で、抱きしめたら折れてしまいそうなほど華奢だ。
そんな想いもありずっと我慢してきたが、ついに昨夜。杏を抱いてしまった。真っ赤に顔を蕩けさせた杏をもっと見てみたいと、叫び散らかす本能を制御できなかったのだ。恐らくこんなこと、生まれて初めて。
杏は細身なのに、柔らかく、感度もよくてずっと抱いていたい心地だった。恥ずかしそうに身をよじる杏の顔が、今も焼き付いて離れない。最初で最後のはずが、これでは逆効果だ。
「まいったな」
煩悩を払うかのように小さくかぶりを振ると、大知はぐっとアクセルを踏み込み、病院までの道のりを飛ばした。