仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
「可愛らしい方ですよね。女性から見ても守ってあげたくなるような方だった印象があります」
(守ってあげたくなる、か)
たしかにそれはある。だが見た目とは裏腹に、意外と逞しいことを大知は知っている。勉強熱心で、頑張り屋。そのギャップがまた大知の心をくすぐるのだ。
大知にとって、杏は昔から特別な存在。「妹」ともまた違う。つまり、例えようのない、別格というわけだ。
あの時杏に「お医者さんになったら、いつか私のことも診てくださいね」と尊敬の眼差しで言われたことで、医者になる覚悟が決まったのだから。
あんな純粋で真っ直ぐな瞳を向けられたのは、生まれて初めてだった。だからか、絶対に叶えたい、叶えなければという使命感が大知の中で芽生えた。
それまで医学部に入ったものの、本当になりたいのかどうかわからずにいた。ただ、祖父が医師であるというだけで、何となく医大に通っていた。そんな中途半端だった大知の目を覚まさせたのが、杏というわけだ。
昨夜自分のものにしてから、杏への気持ちが加速しているのがわかる。
だが、杏に離婚を言い渡されている身。不満を口にしない杏に甘え、これまで努力しなかったことが悔やまれる。
(今さら後悔しても遅いよな……患者は救えても、肝心の杏の気持ちを掬(すく)えないなんて。俺は大馬鹿だ)
閑がいるにもかかわらず、つい重たいため息がこぼれてしまった。