仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


 それから数分して、ご飯が焚ける匂いが漂ってきた。

 まさかの和食? これまで彼が料理をする姿なんて見たことない。大丈夫なのだろうか。料理ができるなんて、聞いたことなかったけど。

 すると突然、ガシャンと、キッチンのほうから激しい音がした。杏は慌ててキッチンへと向かった。

「大知さん! 大丈夫ですか?」

 嫌な予感しかせず、おそるおそる近づく。見れば床に、ボールを落としていた。

「あ、悪い。うるさかったよな。卵を焼こうと出したら落としてしまって」
「そうだったんですね」

 ホッとしたのも束の間、IHヒーターの上で、ぐつぐつと何かが煮込まれていることに気がつく。

(味噌汁みたいだけど、規模が……。二人分だよね? なぜこの家で一番大きな鍋を?)

 それに、味噌を入れた状態でこんなにもグラグラ煮ると出汁の風味が飛んでしまう。杏はそっと火を止めた後、シンクの方に目を落としギョッとした。

 シンク内は、無残な姿になった卵に、野菜の切りカスで溢れ、しかも味噌のカップが空っぽになっている。ほぼ新品だったのに。



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