仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない
医局の前に着くと、中は真っ暗で人気がなかった。いつもなら誰かしらいて、ソファで寝ていたり、デスクにいたりするのだが、今夜は誰もいないのだろう。
(伊東も帰ったのか……そりゃそうか。もうこんな時間だしな)
そんなことを考えながら、一応確認のためにパチンと電気をつけ入る。その瞬間、ハッとしたように顔を上げた人物が見えた。予想外のことに、ドキリとする。
だがよくよく見れば、閑だと気づいた。
「伊東? なにしてるんだ」
「岩鬼先生、お疲れ様です。レセプトの点検をしてたら眠ってしまったみたいで……」
閑は迷いなく答える。だが大知には違和感しかなかった。なぜならそこは大知の席だったのだ。
レセプトの点検をするのに、どうして大知の席を使う必要があるのだ。それに寝ていたと言っていたが、そうは見えなかった。一瞬だったが、大知のデスクにぴったりと頬をつけ、手の平で撫でていたように見えたのだ。それはまるで、デスクを抱きしめているようだった。
「もう帰りますので。勝手に使ってすみませんでした」
「あぁ、私物もあるし、次からは気を付けてくれ」
「はい。以後、気を付けます」
閑はぺこっと頭を下げると、大知の傍を通り過ぎ、足早に出て行った。
だが大知はさっきの光景が目に焼き付いて離れなかった。顎に手を当て、徐に部屋内を巡回する。
閑とは長い付き合いで、いろんな面で信頼している。でも、さっきの行動はちょっと理解できない。
(どういうつもりなんだ?)
しばらくその場で考えていたが、思い当たる節がなく、どこか腑に落ちないまま大知は病棟へと戻った。