仮面夫婦のはずが、怜悧な外科医は政略妻への独占愛を容赦しない


「いやー、参った、参った。また酔っ払いの喧嘩でしたよ。本当にこの時期はいやになる。岩鬼先生、さっきはすみませんでした。で、どうでした? 閑ちゃん」

 黒瀬が愚痴りながら戻ってきた。急患だったようだが、すでにここにいるということは、大したことなかったのだろう。

 この季節は夏休み目前ということもあり、羽目を外しやすくなり、喧嘩や酔っ払いの搬送がたえない。

 だが夏場なんてまだ序の口。年末は、もはや地獄絵図だ。

 それでもここに搬送されれば、例えそれがどんな人であっても、拒否できない。金がなかろうが、強盗だろうが、診察しなければならないのだ。こちら側としては、節度ある遊びをしてもらいたいものだ。

「もう帰ったよ」
「そうですか。な~んだ。一緒に飯食いたかったなー。酔っ払いに絡まれるし、閑ちゃんはいないし。ついてねー」

 頭の後ろで手を組み、身体をくねらせている。そんな黒瀬に、おもむろに聞いた。

「なぁ、黒瀬。最近、伊東に変わったと思うところないか?」
「なんすか急に。いやぁ、別に。というか、俺とはあんまり口きいてくれませんしね。いつも塩対応っすよ」

 しくしくと目元に手を当て、大袈裟に凹んで見せる。

 そういえば、冷たくあしらわれる黒瀬を何度か目撃したことがあった。でも黒瀬だけではなく、閑は誰にでも素っ気ない。

「美人でモテるのに、絶対誰にも靡かないですよね。俺はそうそうに諦めました」

 そういうことを聞いているんじゃないんだが、自分がすでに玉砕したことをカミングアウトする黒瀬。カンファレンス中の看護師が背後で聞いていると言うのに。現に、クスクスと笑われている。

「変わったといえば、最近ちょっと化粧が変わったような……いや、前と同じかな?」

 うーんと、腕組みをし悩む黒瀬に「変わらないならいいんだ」と告げると、再びパソコンに目を向けた。



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