暗い暗い海の底
 また、心がぎゅっと引っ張られた。

「髪の毛、もう少ししっかりと拭きましょうね。それとも、ドライヤー、使いますか?」
 私が彼のタオルを取り上げ、少し水滴が滴っていた髪の毛をわしゃわしゃと拭き上げた。彼は驚いて私の顔を見下ろしてくる。

「あの、主任のことなんですが」
 彼は言いづらそうに顔を歪めた。

「ええ。出張なんて、ウソであること。知っています。ですが、夫がそう言えばそれは真実になるのです。他の女性の家に行っていたとしても、彼が出張と言えば、彼は出張で不在なのです」

「……っ。奥さんは、それでいいんですか?」

 私は彼の耳元で私の名を小さく呟いた。

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