やっぱり天使にゃなれないぜ
 いくら車の中だとはいえ、十一月も終わりに差し掛かったこの時期に、エンジンも掛けないままの張り込みは堪える。
 全く冬の女王ってヤツは、どうにも大変な淫売の様で、隙の有る男を見付けたら手当たり次第に擦り寄ってアプローチしてくる。どうやら俺も彼女のお眼鏡にかなったらしく、何度も何度も、彼女は俺の足先にキスを繰り返してきた。俺は靴を脱いで、微かに湿った黒い靴下の上から足の指を頻りに揉みほぐすコトで、足先からジンジンと冷え込んでくる寒さを紛らわせ続けていた。
 一週間の張り込み。妻を愛し過ぎて疑心暗鬼に陥っちまったロマンチストの依頼により、依頼者の出張中、彼の妻が浮気をしていないか見張っているという仕事。
 俺も一度は「興味のある事件しか受けない」なんてセリフを口にしてみたいものだが、残念ながら理想と空腹を秤に掛けたら、天秤は即座に空腹を満たす方に傾いちまう俗な俺は、こんな簡単な仕事には二つ返事で飛び付くハイエナぶりだ。
 毎日毎日、大の大人がコンビ二で購入した官能小説の文庫本を眺めながら、朝から晩まで、張り続けたこの仕事も明日でようやく、契約満期の一週間目。そもそも浮気調査なんてものは、他人様の性器を嗅ぐ様な行為で、金の為と割り切っていながらも、流石に楽しいもんじゃない。それでも、こうしてせっせと浮気調査に精を出しちまうところに、俺と云う人間の質が滲み出てしまうワケだ。
 浮気調査を依頼してくる奴には、だいたい二つのパターンがある。一つ目は、相手の浮気の証拠を、しっかりと抑えて離婚を優位に進めようとしているパターン。この場合は、依頼者も俺も、キチンと需要と供給のバランスが整った仕事と報酬のエンディングを迎えるコトが出来る。しかし、もう一つのパターン。コチラの場合だった時は、そうはいかない。それは、依頼者が、相手の浮気を疑っていながらも、心の底では、俺の調査結果でハッキリと浮気の可能性を否定して欲しいと願っている場合だ。このパターンになると、調査結果の如何によっては、依頼者から心無い暴言や中傷を受ける事だってある。そんな時は只管に心の中で「銭、銭……」と呟き続けるしかない。
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