Dear my girl
Dear my girl
1.
「ですから、人を待ってるんです」
谷口沙也子は、とにかく同じセリフを繰り返した。
もう何度目になるだろう。それなのに、目の前の相手はへらりと笑うだけで、一向に立ち去る様子を見せない。不躾な視線は楽しそうですらあり、沙也子は震えそうになる膝に力を入れる。額に浮かぶ汗は、残暑の蒸し暑さのせいだけではなかった。
がやがやと混雑している駅構内は、人通りこそ多いものの、誰一人としてこちらを気にかけることなく通り過ぎていく。
(どうしよう……。逃げる? でも、この場を離れるのも……)
そもそも、指定された時間より2時間も前に着いてしまったのが間違いだった。極度の方向音痴のため、遅れないように念を入れたのが仇となってしまった。メールで知らされた待ち合わせ場所への案内は、子供でも分かるほど丁寧で、沙也子は一度も迷わずにたどり着くことができた。
待つのはまったく苦ではないので、むしろ無事に着いたことにホッとした。しかし、沙也子は自分の体質を失念していた。
栗色のセミロングに17歳女子平均の身長。ド平凡な容姿で人の印象に残りにくい人生を歩んできたのに、とにかく声を掛けられやすいのである。
今朝まで住んでいた地方でもよく道を訊かれたり、勝手に幸せを祈られたり、よく分からないお水を勧められたりしていたけれど、都会はその比でなく。こうして1時間立っている間に、もう何人に声をかけられたのか分からない。最初は沙也子なりに警戒していたが、断れば一応引いてくれるので油断してしまった。
何度も断っているのに、目の前の男はまったく言葉が通じていないかのように笑うばかりだ。
「そう言うけどさあ、さっきからずっと立ってんじゃん。かわいそー、フラれちゃったんじゃない? ね、いいお店あるから一緒に行こうよ」
腕をつかまれ、恐怖で喉がひゅっと詰まった。一気に毛穴が粟立つ。
声を――声を出さなければ。そう思うのに、唇が震えてしまう。
その時、男の手がねじり上げられた。
「い、っててててて!」
「触ってんじゃねえよ」
見かねて誰かが助けてくれたらしい。安堵のあまり、うっかり涙ぐみそうになりながら、沙也子は顔を上げた。
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