Dear my girl
「ええと、こっちからでいいよね」
沙也子の部屋に繋がるドアへ一孝を促した。部屋によってタイプが異なるらしく、沙也子が借りる部屋は1ルームタイプだった。
ほどよい空間で住みやすい。昨日はさっそく誠司にスカイプでお礼を言った。感謝してもしきれず、沙也子にできることを少しずつでも返していくつもりだ。
「どうぞ」
仏壇はなく、位牌と写真を飾っているのみである。沙也子はライターでろうそくに火をつけた。
お水と仏飯器の前に香炉があり、沙也子が朝一で上げた線香はすでに灰になっている。
一孝は位牌の前で正座をすると、まず合掌した。それから線香に火をつけ、香炉に立てる。仏具を控えめに鳴らし、再度手を合わせた。
……長い。
かれこれ10分は経っている。バイトの時間は大丈夫なのだろうか。しかし、声をかけるのは憚られ、ハラハラと見守ることしかできない。
(……たくさん、お母さんに話しかけてくれてるのかな)
子供のころに馴染みのあった人が亡くなっていたらショックだと思う。連絡できなかったことが、申し訳なかった。
ようやく一孝が目を開けたので、沙也子は胸をなでおろした。
「ごめんね……。ちゃんと知らせなくて」
「それは気にしてない。でも……残念でならないと思う」
ふたりで深雪のおやつを頬張ったことを思い出し、沙也子は目を細めた。彼が心からそう思っていることが伝わってきて、視界が滲みそうになる。
すぐ知らせていれば……、でもあのときそんな余裕はなかった。
――ここに行きたいんだけど、分かるかな。
――引っ越してきたばかりなの? きみ、可愛いね。
――ねえ、一緒に遊ぼうか。ちょっと大人しくしててね。
――さやちゃん……。お母さんが、事故に……
「谷口?」
気がつけば、背中にびっしょりと汗をかいていた。心配そうな顔で見つめられ、沙也子はサイドの髪を耳にかけて微笑んだ。指先が震えないように気をつけながら。
「ううん、なんでもない。お線香、どうもありがとう」
負けてはだめだ。
しっかりしないと、祖母が罪悪感をかかえてしまうから。
祖母は自分のせいで深雪が亡くなり、沙也子が嫌な目にあったと思っている。「こっちへ引っ越して来なければ……」よくそう言って泣いていた。
天国の深雪と祖母が安心できるように、元気に生きていく。それがずっと、これからも、沙也子にできることなのだ。