Dear my girl
放課後、家に帰ってさっそく準備を始めた。
クリスマスの時のように一孝はリビングにいてスマホを弄っているが、例によって彼のことは家具の一部だと思うことにする。
メニューはハンバーグとシチューパイ。それにサラダとピラフをつけるつもりだ。
シチューはすでに自分の部屋で仕込んでおいた小鍋を持ってくる。それを耐熱容器に注ぎ、パイシートを被せてオーブンで焼くだけ。
見た目豪華なわりに、けっこう簡単なのが嬉しいレシピだ。
中に何かハート的なものを仕込むべきか……。そんな考えが頭をよぎり、頬が熱くなる。
沙也子は頭を振り、パイシートでしっかりと蓋をした。
そしてハンバーグを焼く段になり、なんとなくハートの形に整えてみたが、やはり恥ずかしくなって丸めてしまった。
むき海老と角切り野菜で炒めたピラフをお皿に移したところで、シチューパイが焼けた。
昨日から仕込んでいた甲斐があって、一孝はそこそこ嬉しそうだった。
いつもより豪勢なことに、バレンタインだからだと気づいてくれただろうか。それとも、きちんと言った方がいいのだろうか。
悶々とタイミングを計っているうち、食事は終わってしまった。
(わたし、何やってるんだろ……。でも、恥ずかしいことを言わずに、これでよかったのかも)
洗い物を終え、エプロンで手を拭きながら振り向くと、一孝は沙也子を見ていた。
何やら物言いたげに視線を彷徨わせ、そのままそらしてしまう。
(もしかして……)
律の言う通り、沙也子からのバレンタインを期待していたとしたら。
一孝は意外と表情に出やすく、けっこう分かりやすいのだが、それでも沙也子が彼の気持ちに気づかなかったのは、絶対に自分はナシだと思い込んでいたからだ。
まずはその「自分なんかにそんなことを思ってくれるわけがない」という、否定的な考えを捨て去る努力から始めなければいけないのかもしれない。
「涼元くん……、ごめんね」
この期に及んで、一孝の気持ちを決めつけていたことが、ひどく申し訳なかった。
彼は訝しげに眉を寄せた。
「……なにが」
「えっと……」
バレンタイン期待していたんでしょうとは言えず、口ごもってしまう。
言葉を選んでいると、
「もしかして、やっぱり付き合うのやめたいとか……?」
声に感情を乗せない様子で言われ、沙也子はびっくりした。