Dear my girl
あっという間に新学期、登校初日がきた。
一孝はあまり家にいなかったので、沙也子はまったく身構えずにすんだ。
学校が始まってもそのままバイトを続けるらしく、この生活ペースならうっかり怯えて一孝を嫌な気持ちにさせることもないだろう。それでなくとも、一孝なりに沙也子に気を遣っているのが分かるので、すでに彼のことは全面的に信頼していた。
(そもそも、わたしなんか相手にしなくても、涼元くんなら他にいくらでも……)
そう考えて、沙也子ははたと思考を止める。以前の一孝は女子を苦手としていたけれど、それは小学生時代の話である。今はどうなのか……。
一緒に通学しながら、沙也子は一孝を見上げた。
付き合っている人はいないと思う。いたら、沙也子に家政婦などさせないはずだ。彼女に悪すぎる。
では、好きな人は?
「なに」
あまりに凝視していたからか、一孝は訝しげに見下ろした。
「あっ、えっと。同じ学校で心強いなって。でも、涼元くんなら、もっとレベルの高い高校行けそうだけど」
理系コースだということだが、それでも中の上程度の偏差値の学校だ。ちなみに沙也子は文系コースに転入した。
一孝が黙ったので、沙也子はまた余計なことを言ってしまったと舌を噛みたくなった。小学生の時は神童と言われるほど頭が良かったけれど、今もそうだとは限らない。バイトばかりしているようだし、あまり勉学は気にしていないかも?
……などと失礼なことを考えていたのだが、それが間違いであることは、数時間後に知ることになる。
「別に、近いから決めただけ」
なるほど、と納得する。徒歩で通学できるのは、沙也子にとってもありがたいことだった。
しばらくすると、同じ制服の生徒がちらほらと目立つようになってきた。
じろじろ見られているのは、沙也子が見慣れない生徒だからだろうか。沙也子は自分の制服を見下ろし、急に心配になった。
「ね、わたし、制服どこか変?」
一孝は沙也子を一瞥し、すぐに前を向いた。
「似、……全然」
「ほんとかなあ。向こうの制服はずっとセーラー服だったから。ネクタイとか、なにか間違えてない?」
これから通う高校はブレザータイプの制服だ。夏服は半袖のシャツにストライプのネクタイ。冬はボトムと揃いの濃いグレーのブレザーを着用する。
「……セーラー服。……写真ある?」
「そりゃ……行事で撮ったりしたけど。それより、わたし変じゃない?」
「変じゃない」
この幼馴染は手心を加えずキッパリと物申す人だ。沙也子はひとまず安心する。
では、なぜこんなにも奇異な視線を向けられるのか。
通っていた中学では、男女が一緒にいるだけで囃し立てられたが……今時の高校生がそんなことある?
いずれにせよ迷惑をかけたらまずい。沙也子は一孝に小声で言った。
「涼元くん、先に行って。わたし、ちょっと後ろからついてくから」
「なんだそれ。すぐはぐれるんだから、離れんなよ」
「大丈夫だよ。同じ制服の人、いっぱいいるし。もし涼元くんを見失っても、この流れについて行けば学校でしょ?」
「着いても職員室が分からないだろ」
「誰かに聞くもん」
なおも食い下がると、彼はイラついた様子で苦い顔をした。
「そんなに俺と一緒にいるのが嫌なわけ」
「ち、違うよ。なんかすごく見られてるから、涼元くんに悪いなって……」
しおしおと白状すれば、一孝は嘆息した。首の後ろに手をやり、あたりを見回す。
「悪くなんかねーよ。いいから行くぞ」
スタスタと歩いた一孝は、数歩先で足を止め、沙也子を振り返った。小言を言われる前に、急いで駆け寄る。
ああ言ったものの、本当は転校初日で心細かった。一孝が気にしないのであれば、今日くらいは甘えてしまってもいいだろう。
「ありがとう」
沙也子は一孝に向かってはにかんだ。