Dear my girl

 頬を染め、どこか潤んだ瞳でこちらを見つめる沙也子は、凶悪的に可愛らしい。
 そっと彼女の頬に触れると、かなり熱を帯びていた。

「あつ……、しっかり酔ってんな」

 理性を保つべく冷静なふりをしていると、沙也子はくすくす笑った。

「そう? ちょっとぼうっとするけど。これが酔うってことなのかな」

「気分悪くねぇか」

「全然」

 赤くなった頬を撫でながら、親指で唇に触れると、沈み込むほどやわらかかった。
 彼女の肌を想像してしまい、体の奥がぐっと熱くなる。

(まずい……)

 一孝は急いで素数を数え始め、煩悩を散らした。


 けじめとして、一孝は高校を卒業するまで、沙也子に手を出すつもりはなかった。
 
 高校生というのはなんとも中途半端な存在だ。
 身体は十分大人でも、世間から見ればまだまだひよっこ。

 自分でも分かっている。
 いくら勉強ができたところで、まだまだあらゆる経験値が浅すぎて、自信がまったく伴っていない。


 どんなに沙也子を大切だと思っていても。
 まだまだこの手は小さすぎて――。


 元より一孝の目標は、卒業までに距離を縮めて告白をすることだった。
 それが、初めの一歩どころか、すでにゴールテープを切っているのだから、卒業まで我慢することなどわけがなかった。

 それでも、せっかく想いが通じ合っているのだからと、キスくらいは自分に許している。(許すのは沙也子の方なのだが。)


 沙也子を見つめていると、彼女はさらに頬を赤らめた。

(嫌がってないよな……)

 ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねた。

 静かに離し、至近距離で見つめ合う。
 沙也子から恐怖や拒絶の色は見られず、一孝はもう一度唇を寄せた。

 触れるだけのキスを繰り返せば、チョコレートボンボンの香りが漂ってくる。

「沙也子……」
 
「……っ、ん、」

 沙也子は甘い吐息を漏らし、一孝の袖をきゅっと握った。


(これ以上は、だめだ……)


 理性を総動員して唇を離した。

 彼女の腰を支えていた手を引こうとして――、エプロンの紐に指が引っかかった。

 しゅるり、とリボン結びがほどける。

 ただそれだけのことで。
 鼻の奥からたらっと液体が垂れる感触がした。

「す、涼元くん、鼻血……っ」

「……あ、」

「チョコレートのせいかな。大丈夫?」

 驚いた沙也子は、サッと酔いが醒めたようだった。
 おろおろとローテーブルのティッシュを渡してくれる。


 一孝の卒業までの目標に、鼻の粘膜を鍛えることが加わったのだった。


(了)
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