Dear my girl
後日談
バレンタインが終わると、校内の空気は、熱が引くように日常へ戻っていた。
お昼休みになり、沙也子はお弁当を持って中庭に向かった。
空気はまだ冷たいものの、春の気配を含む日差しが心地いい。沙也子は屋内よりも外で食べる方が好きだった。
とはいえ2月のこの時期、中庭で昼食をとる生徒はまばらだ。
空いているベンチをなんなく見つけ、沙也子は腰を下ろした。
今日のお弁当は、冷凍しておいた唐揚げに、作り置きのブロッコリーの胡麻和え。それに卵焼きとプチトマトを隙間に詰め込み、彩りを誤魔化した。
――思いっきり手抜き弁当である。
昨日チョコレートボンボンを食べたせいか、やたら眠くて、朝起きるのに苦労した。
二十歳になったら、お酒には絶対に気をつけようと強く思った。
(そういえば、涼元くん、大丈夫かな)
鼻血を出してしまったのは、沙也子のチョコレートのせいではないだろうか。
本人は違うと言っていたけれど、朝食時もどことなく疲れていた様子だった。
卵焼きをつつきながら、そんな心配をしていると、誰かが目の前に立つ気配がした。
顔を上げれば、今まさに考えていたその人。手には彼の黒いランチバッグがある。
「涼元くん?」
「……森崎は?」
「吉田くんと食べるんだって」
一緒にどうかと誘われたが、沙也子にその勇気はなかった。
吉田とて、いろいろ表情を作っているところなど、沙也子に見られたくないだろう。
それなら他の女子か一孝と食べるよう律に言い含められたが、沙也子だって子供じゃない。久しぶりに一人ご飯もいいかと中庭に来たのだった。
一孝は不機嫌そうな顔をすると、沙也子の隣に座った。
「そういう時は、声かけろよ」
「うーん、邪魔しちゃ悪いかなって。どうして、ここにいるって分かったの?」
「食堂から見えた」
校舎の方を見ると、確かに窓から食堂の中が見える。
以前、沙也子が中庭から彼を見かけたことを思い出し、納得した。
「それで来てくれたんだ」
先日、盗撮騒動があったばかりだ。心配してくれたのかもしれない。
そう思うと申し訳ない気持ちになったが、けれども謝るのは違う気がして、沙也子は微笑んだ。
「ありがとう。嬉しい」
一孝は眩しそうに目を細め、ゆっくりと頬を緩めた。