Dear my girl

 一孝と初めて夜を過ごしたのは、高校を卒業をしてすぐの頃だ。

 不思議な気持ちだった。
 もちろん恐怖はあったけれど、それは未知の体験に対するそれで、一孝が怖かったわけではない。
 それより、好きな人と触れ合う感動に驚いた。
 指先から、唇から、視線から、とても大切に思われていることが伝わってくる。

 沙也子が怯えないよう、ものすごく気を遣ってくれた。
 身体の触れ合いなのに、心までもが満たされるようだった。

 ひとつになったという実感はなかった。
 お互いの大切な何かを分け合った。そんな感覚がした。


 それからは、なんとなく暗黙で、週末に一緒に寝るようになった。
 今までどおりの生活ペースで暮らし、週末は彼に抱きしめられて眠る。
 ずるずるした生活を送らないのがまったく一孝らしくて、沙也子はそんなところも好きだと思った。
 


 
 どうにか目線だけでヘッドボードに置いてある時計を確認すると、起きる時間にはまだ早かった。
 いろいろ考えていたからか、なんだか目が冴えてしまう。

(もう起きて朝ごはん作ろうかな。鯖があるから味噌煮にして……卵焼きは塩味……お味噌汁は……)


「……ん、んん、」

 唇に何かが触れている感触がして、沙也子は目を開けた。目の前に一孝の顔があってびっくりする。

「え、あれ?」

 先程まで彼は確かに眠っていたのに、沙也子に覆いかぶさっていた。

 瞬く沙也子に一孝は軽くキスをすると、首筋に顔を埋めた。舌を這わされ、朝にふさわしくない声が漏れ出る。
 まさかこのまま……と沙也子は焦った。

「ま、待って。朝ごはん、作るから」

「鯖と卵焼き?」

「っ! なんで?」

 思わず目を丸くすると、一孝はからかうように口角を上げた。

「寝言言ってた」

「うそでしょ……」

 どうやら、考え事をしたまま眠ってしまったらしい。
 あまりの羞恥に耐えられず、沙也子は呻きながら布団に潜った。そして、気づいた。
 
「もしかして、起きてた?」

 布団から目だけ出して、じとっと睨む。
 一孝は悪びれもせずに、沙也子を布団ごと抱きしめた。

「あれだけ もぞもぞされたら起きる」

 なんとなく面白くない気持ちで沙也子が見つめると、一孝は少したじろいだ。

「……なに? 嫌だった?」

「嫌なわけないよ。でも、なんか涼元くん、余裕そうっていうか……。わたしばっかり、おたおたして悔しい」

 ムッとしている沙也子に、一孝は苦い顔で目をそらした。

「お前な。いつまでも鼻血ばっか出してらんねぇだろ」

 その頬が少し赤くて。本当に嫌そうに言うので、沙也子は笑ってしまった。
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