Dear my girl
黒川がクズだろうがまともだろうが一孝には何ら関係ないが、一応教えてやることにした。
「後ろ」
「え……? う、おっ! やよいちゃん!」
いつの間にか、黒川の後ろに大槻やよいがいた。
トレードマークの丸い眼鏡。相変わらず子リスのような彼女は、にこにこととてもいい笑顔を浮かべていた。
「い、今のは違うから」
「そんなに焦らなくても。わたしはなーんにも気にしてませんから。なーんにもね」
一孝はそんな二人を置いて、さっさと講義室を出た。
足早に廊下を歩きながら、先程まで頭を占めていた存在を思い出す。
ムカつくけれど、黒川にからかわれた通りだった。沙也子のことを考えていた。
沙也子の目に映る一孝と、実際の自分ではかなり食い違いがあると思う。
だから「余裕そう」だなどと言えるのだ。
実際はそんなもの、どこにもありはしないのに。
週末の日中に、いつも沙也子が眠そうにしているのは、間違いなく一孝のせいだった。
浮つかずきちんと生活にけじめをつけるため、手を出すのは週末だけにしようと心に決めた。
そうすると反動なのか、言葉にするのが苦手な分、想いがこみ上がってくるとすぐに触れたくなってしまう。
求めるたびに沙也子は受け入れてくれる。
一孝を信頼しきっている身体は感じやすくて、触れれば甘い声を漏らす。恥じらいながらも必死にしがみついてくる沙也子につい夢中になってしまい、いつもくったりさせてしまう。
もしも沙也子が負担に思ったとしても、彼女はきっと言い出せないだろう。
一孝は深々とため息をついた。
あらためて反省してみると、自分の劣情にはほとほと呆れ果てる。
以前は心だけで充足していたはずなのに。
心が通い合ったときは、これ以上ないほどに満たされたし、それからもごく自然に湧き上がる欲求もあったけれど、彼女を想えば我慢ができていた。
――高校生の自分、すごすぎる……。
とはいえ、彼女の全てを知る前と後では、忍耐の沸点が段違いであるのは当然なのだが。
(自分に言い訳してどうすんだ。バカかよ……)
沙也子に負担をかけるのは一孝の本意ではない。
しばらく自重するべきかと考えていたのだった。
一孝はスマホを取り出し、講義の休講情報をチェックした。
自分の分だけでなく、沙也子の講義も確認する。こういうところがストーカー気質であると自覚しているけれど、気になるのだから仕方がない。
見てみると、沙也子の次の講義は休講のようだった。
自分の講義までにはまだ時間があるし、おそらくカフェテリアにいるだろうとあたりをつけ、一孝は向かった。