Dear my girl
三次元ベクトル 3
嫉妬したことが尾を引いているのか、それとも他に何かあるのか、あれから一孝の様子が少しおかしい。
表面上はいつも通りだけど、キスやハグの接触が少なくなった。レポートも自室でやるようになり、沙也子は少々寂しく感じていた。
理学部は忙しいから仕方ないと言い聞かせつつ、週末くらいはくっついて寝られるかなと思っていたら、ベッドで背中を向けられてしまった。
←今ココ、である。
求められるのも素直に嬉しいけれど、沙也子は一孝の体温を感じて眠るのが好きだった。
気分もあるだろうし、触れ合わなくても別にかまわないが、背中を向けられるのは悲しい。
そういう気分じゃないからか、それとも単純に疲れて眠いからか。
――どちらでもないとしたら?
原因が沙也子にある可能性を考えていなかった。
(わたしが、つまらないから……?)
そんな人じゃない。
でもそう思ってしまったら、急に怖くなった。
考えてみると、全部受け身だった。沙也子はいつも、ただじっとしているだけ。
沙也子が怯えないように優しくしてくれる。合わせてくれる。
もちろんそれを当然とは思っていないけれど、甘えている自覚はあった。
もしかしたら、段々と嫌な気持ちにさせてしまっていたのかもしれない。
急に布団の中が冷たく感じて、沙也子はベッドから抜け出した。
「谷口?」
背後で一孝が起き上がった音がする。
口を開いたら泣いてしまいそうだった。
早くこの部屋を出なければ。
ドアノブを掴んだところで、上から手を握られて、沙也子は身体を強ばらせた。
「いやっ」
咄嗟に手を振り払うと、一孝はものすごく驚いた顔をしていた。
沙也子は自分の手をきつく握った。
「あ……、あ、の、わたし、自分のところで寝る」
「……沙也子、どうした?」
どうしたって、どうもしていない。
何にもしていない。
沙也子はゆっくり深呼吸をした。
感情を奥の方に沈み込ませるのは得意だったはずだ。
「どうもしないよ」
一孝は沙也子をじっと見つめた。
何か見落としはないか見極めているような目だった。
沙也子は笑顔を取り繕うとして――、ぽろっと涙がこぼれた。
慌ててぬぐったけれど、ひとつこぼれてしまうと、後から後からあふれてくる。
(やだ、止まらない……)
目を見開いた一孝が手を伸ばしかけて、そのままぴたっと止まった。
沙也子が手を振り払ったからだと思ったら、胸が痛くて苦しくなった。
再度ドアノブに手を伸ばし、けれども沙也子は思い直した。
今後のためにも、今はっきりさせておくべきだと。
どこか狼狽えているような一孝に、沙也子は潤んだ目を向けた。
「言ってくれないと分からないって、わたし言ったよね? わたしがいつまでも慣れないから、つまらなくなったの……? だから避けてるの?」
「え……っ! な、なに、ちょっと待てよ、何の話?」
一孝は心から驚いているようだった。
ひどく焦った様子が伝わってくる。
頭の片隅で「あれ?」と思ったけれど、不安が口をついて出るのを抑えられなかった。
「……それとも、やっぱりわたしみたいな……あんなことがあった人は、」
言い終わらないうちに、ぎゅっと抱きしめられた。
「……やっ、いやだ、離してっ」
「沙也子……沙也子、好きだ。すげー好き。好きすぎておかしくなりそうなほど好きだ。無駄に傷つけて本当にごめん。頼むから話を聞いてほしい……」
沙也子はもがこうとしたが、彼の胸元から尋常じゃない鼓動の速さが伝わってきて、少しずつ身体の力を抜いた。
「……わかった」