Dear my girl
沙也子が二人を宥めようとしていると、ラウンジの窓の向こうに、廊下を歩いている一孝を見つけた。
後ろから女子が追いかけてきて、一孝に声をかけた。彼はそっけなく無視しているように見えるが、女子は気にせず笑顔を向けている。
沙也子がそれを眺めていると、やよいと黒川は顔を見合わせた。
「気にすることないですよ。あの人、最初は黒川くんに近寄ってましたが、黒川くんのクズっぷりに嫌気がさして、次は涼元くんに目をつけたみたいですけど……あの通りまったく相手にされてませんから」
「待ってよ、演出よ演出。俺なりの対処法だっつの」
焦ったように言う黒川を放置して、やよいはむうっと鼻に皺を寄せた。
「最初にあの子と隣の席になったとき、わたし、理系のどういうところが好きか訊いたんですよ。そしたら『リケジョってモテるじゃん』って……。理学に対する冒涜です!」
憤慨しているやよいをよそに、沙也子はぱちぱちと瞬いた。
モテたいだけで入れるようなレベルではないと思う。単純にすごいと思ってしまった。
もう一度一孝の方を見ると、ちょうどラウンジに入ってくるところだった。
中までついてこようとする女子に何か言い、彼女は不本意そうにムッとして足を止めた。キツいことを言われたのかもしれない。
「涼元くんを怖がらないって、珍しいかも」
つい呟くと、やよいと黒川はまた目線を合わせた。
「まあ……それは、以前とは違いますし」
「だねー。谷口さんが転校してくるまでは、触れるものみな凍てつかせるアイスマンだったけどね」
「沙也さんに向ける視線の甘さを知ってしまうと、もうまったく怖くないといいますか……」
二人がぶつぶつ言っていたけれど、一孝がこちらに向かってきたので、沙也子は話題を変えるために視線を彷徨わせた。
テーブルの上のパンフレットが目にとまる。温泉宿の特集だった。
「撮影旅行、温泉なの?」
やよいは空気を読んでくれた。パッと顔を輝かせる。
「そうなんですよ。自然いっぱいのところで撮影。ああ、楽しみ」
「……そんなん、俺がいくらでも連れてってあげんのに」
また黒川の機嫌が悪くなってしまった。
沙也子はとりなすべくパンフレットを手に取った。
「いいなあ。わたし、温泉って行ったことない」
「温泉?」
横からパンフレットを奪われる。
温泉特集を眺めた一孝は、沙也子とパンフレットを交互に見て、沙也子をじっと見つめた。
「谷口、温泉に行きたいの?」
「うん、いつかは……って、あれ?」
一孝に微笑みかけたところで、森崎律がラウンジに入ってくるのが見えた。
いつもの颯爽とした雰囲気はなく、どことなくくたびれた様子でよろよろしている。
危なげな足取りで自販機に向かうのを見て、心配になった沙也子は席を立った。
「律、どうしたんだろ。ちょっと行ってくるね」